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第11話 ひよっ子、剣を受け取る

 騎士の日常は自己研鑽の日々だ。食事が終われば訓練をし、有事に備えて武器を手入れする。そして貴族階級である騎士は、領地の(まつりごと)も仕事のひとつだ。  と言ってもレックスやアンセルは、ハリアがいるのでその補佐といったところか。主に城にいる騎士たちをまとめ、監督する役目を担っているらしい。  アンセルが徹夜仕事の続きをすると言って自室に籠ると、レックスとヤンは武器庫に向かうことになった。  やはり長い足でスタスタと歩いていくレックスに、ヤンは小走りでついて行く。すると、やたらと視線が刺さることに気付いた。 (みんな、レックス様を見てるのかな?)  さもありなん、とヤンは思う。レックスは眼光の鋭さを除けば、女性が黙っていない容姿をしている。背が高くて落ち着いていて、騎士団長で身分も申し分ない。男であっても、こんなひとになりたい、と憧れる対象だ。なのに、自分のようなちんちくりんがそばにいて、そのアンバランスさが気になるのだろう、とヤンは予想する。 (でも、僕も強くなって、いつか……)  帰る家はないのだ。ここで精一杯努めれば、今までとは違う生活ができるかもしれない。 「おい」  不意に、レックスがこちらを見ずに呼んだ。はい、と応えると彼はこちらを睨んでくる。 「お前には教えることが多そうだな……」 「すっ、すみませんっ!」  そうだった。呑気にレックスを眺めている場合じゃない。何とかハリアの前で失態を見せずに済んだものの、レックスの手を煩わせてしまったのだ。一人前には程遠いな、と肩を落とす。 「お前は……言葉遣いだけは丁寧だが、それ以外のマナーや知識は皆無と言っていい程。それが俺にはチグハグに見えるのだが、なぜだ?」  レックスの核心をつく質問に、ヤンはドキリとした。  本来騎士とは、地方なら領土を守る領主も兼ねている。従騎士となれば貴族の生活をサポートするのとイコールだ。さらに従騎士の下の志願者だって、貴族の屋敷に勤めて、多少は知識がある前提になる。 「……何にせよ、城生活の甘い汁を吸いたいなら、残念だったなとしか言えない。本当に騎士を目指す気でないなら、悪いことは言わない、今すぐ城から出て行け」 「……っ」  やっぱり、レックスは気付いていたか、とヤンは息を詰める。偶然にも蛇を倒し、その流れでアンセルに連れて来られただけだと、彼も知っているのだ。そして幾度となく騎士として相応しくない態度も見られているし、たった一日でここまで見破られるのはさすがだとしか言いようがない。  けれど、ヤンは城を出たら行く先がないのだ。もう、あてもなく逃げる――蛇から逃げ回るような生活はしたくない。 「すみません……」 「謝れと言ってる訳ではない」  ヤンは立ち止まった。気付いたレックスも足を止める。  ヤンは彼を見上げると、視界が少し滲んだ。もうあんな生活は嫌だ、怖い。けれど『家族』をあんな目に遭わせた奴を、許せないとも思う。 「お願いします……僕をここに置いてください……」  そうだ、あとに引けないと分かった時点で、この道に進む最大の理由があったじゃないか、とヤンは思い出した。怖いけれど、……想像するだけで足が震えるけれど、ここを進まなければ、『家族』は浮かばれない。 「だから……」 「お願いします……っ」  目を潤ませ足を震わせながら、ヤンはレックスを真っ直ぐ見上げた。情けなくてもいい、ヤンにはそれなりの矜持があるのだから。  するとレックスはひとつ、お辞儀をした。分かった、手加減はしない、と頭を上げたレックスは再び歩き出す。慌てて追いかけたヤンは、ホッとするのと同時に、こんな真面目な時でも癖が出てしまうなんて、大変だな、と主人の身体を案じた。  武器庫に着いた二人は、番をしていた騎士に「あの英雄!?」と絡まれはしたものの、レックスが無言の圧力をかけて早々に出る。ヤンの手にはダガー(短剣)が握られていて、身体の大きさや筋力から、それが最適だろう、とレックスに見繕ってもらったのだ。 「俺たちは常にダガーくらいは携帯している。お前も肌身離さず携帯するように」 「はい」  始めて触れた剣は想像以上に重く、諸刃で刃が分厚いものだった。日常使う斧や包丁とは違って、相手を傷付けるための道具だと思ったら、今更ながら扱いに緊張する。 「それは俺のダガーだ。……大事に扱え」 「……っ、はい!」  騎士にとって大切なものである剣のひとつを、ヤンにくれるとは。案外優しいひとなのかもしれない、とヤンは思う。さらに大切にしないとな、とヤンはダガーを両腕で抱きしめた。 「今から訓練場に行く。まずその剣を、どこまで扱えるか見せてもらうからな」 「はい」  歩きながらそういうレックスに、いよいよ騎士らしいことをするんだ、とヤンは緊張で心臓が早く脈打つのを感じる。戦いに向いていないのは重々承知だが、何も知らないよりは強くなれるだろう、とグッと拳を握った。

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