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第37話 ひよっ子、幸せを感じる★

「ん……、んぅ……っ」  ヤンの目尻から涙が零れる。こんなにもきちんと、自分を見てくれたのは初めてだったから。そのままでいい、と言われた意味を、ようやく理解できて、納得できて、嬉しく思った。  身体に触れる手が、熱が、ヤンを切なくさせる。自分もレックスに触れたくて、彼の両頬を手で包んだ。そうしたらもっと切なくなって、触れ合う唇を少しだけ噛む。 「……こら。お前からは触らない約束だろう」 「す、すみません……」  レックスの言葉は咎めるものだったけれど、声音と仕草はとても優しい。脇腹を撫でられ肩を竦めると、そっと長い腕で抱きしめられた。  まるで壊れ物でも扱うかのように、レックスは丁寧に、優しく触れてくる。そんなにヤワじゃないですよと言いかけて、レックスはそんな言葉を望んでいないと思い直した。  今のヤンにできることは、レックスのすべてを受け入れること。それが過去にしていた行為と、何が違うかなんていうのは明白だ。レックスはただ、自分を大切に扱おうとしてくれている。それだけでいい。 「……挿れていいか?」  耳元で囁くレックスの声が甘い。その掠れた声に抑えた欲望を感じ取ってしまい、ヤンはゾクゾクした。こくりと頷いてその場を退くと、レックスは残りの寝間着を脱ぎ、鍛えられた肉体を露にする。 「……っ」  そこに見えたレックスの怒張に、ヤンは息を飲んでしまった。身体全体を見ても、彼の発達した筋肉の凹凸は美しいけれど、大きな身体に比例した切っ先は、ヤンにとっては凶器に見えるほどだ。  久しぶりだから大丈夫かな、と不安になる。レックスも分かっているのか、ヤンの隣に座って頭を撫でるだけで、まだ先に進もうとしない。 (でも……)  レックスの青筋が立ったそこは、臍に届きそうなほど力強くいきり立っていた。そしてヤンは、そんな彼をどうにかしてあげたいと思うのだ。それは、客に対しては沸かなかった感情で、自分にもこんな感情があったなんて、と嬉しくて胸が熱くなる。  仕事として、事務的な行為しかしてこなかった自分が、初めて情も交わす行為。相手を受け入れて、自分をさらけ出すのはレックスも同じなんだと気付いたら、もう戸惑いも消え失せていた。 「レックス様……」 「……いいか?」  ヤンは頷く。そっと肩を押されベッドに横になると、レックスは上に覆いかぶさってきた。  彼の身体には傷跡がいくつもついていた。ヤンは思わずそこに手を伸ばし、傷を撫でる。すると目を細めたレックスが、ヤンの手を取った。 「……俺も、捨て身になっていた時期があってな。アンセルに怒られた」 「アンセル様、ですか?」  レックスは頷くと身動ぎした。開いた足の間、際どいところに彼の熱が当たる。 「あ……」 「今は他の男の話はやめよう」  自分から話したくせに、とヤンは笑った。けれどそれも一瞬のことで、狭い道をこじ開けて入ってくるものに息を詰めそうになり、慌てて息を吐き出す。  いつかその時の話を聞きたいな、とヤンは思った。後ろ暗い過去が自分にあるように、レックスにもそういう過去があるんだ、と思ったら、きゅう、と胸が切なくなる。 「ぅ……っ」  圧迫感と息苦しさに、か細い呻き声が上がった。さすがに慣れているはずの身体も悲鳴を上げ、激しく呼吸を繰り返すと、レックスは「止めるか?」なんて言ってくる。 「……や、いや……っ」  繋がったことで感極まって、ヤンはボロボロと泣いてしまった。レックスはそれを痛いからだと勘違いして、「無理するな」と楔を抜こうとする。 「だめ……っ、嫌ですっ!」  ヤンはレックスの腰に足を絡ませ、彼が出ていかないように止める。ふるふると(かぶり)を振り、痛いから泣いている訳じゃない、とレックスに抱きついた。 「レックス様の……大きいから……っ」 「ああ。だから無理しなくても……」  そう言いながら、レックスの中心はさらに熱くなる。同性だからこそ、彼の発言が痩せ我慢だというのは、痛いほど分かった。 「僕だって、レックス様がすごく我慢してるんだって分かってます……っ。だから……!」 「…………ヤン、あまり煽るな」  ずずず、とレックスが最奥まで入ってくる。悲鳴を上げたヤンは、身体の内側から押される感覚に、震えが止まらなくなった。 「あ……ッ、あ……!」  目の前に星が飛び、せり上ってくる何かを抑えようと歯を食いしばる。けれど身体は勝手に反り、意識が飛んだ。 「――は……っ!」  光と音が戻ってきた時、ヤンはレックスにしっかりと抱きしめられていた。しかし彼が中に入っていることは変わらず、絶えず押し寄せてくる波に攫われそうで、ヤンもしがみつく。 「レックス様ぁ……っ」  甘ったるい、この声は誰のだろう、と思った。意識はしていないのに高く掠れた声を出し、レックスを後ろで呑み込み締めつけ、筋肉質な身体にしがみついているのは誰だろう、と。  こんなこと、客にはしなかった。自分は穴さえあればいい存在で、こんなに気持ちいい行為だとは思いもしなかった。 「かわいい……」 「――んあ……ッ!」  レックスが軽く動き出す。しっかりと身体を合わせ、そこから伝わる熱と想いに、ヤンはまた泣けてきた。  自分はこんなに涙脆かったっけ? と思う。でもそんなヤンを、レックスは優しく、けれど的確に責めてくる。それがまた嬉しくて、気持ちよくて、ヤンは何度も大きく全身を震わせた。  そしてレックスも、ヤンを「かわいい、愛してる」と言いながら、限界まで張り詰めた怒張で中を穿った。ヤンは髪を振り乱しながら悶え、そんな姿さえかわいいと言われ、全部受け入れられることの気持ちよさは、身体の快感よりも(まさ)るんだな、とか思う。  そして、これが番がするセックスなのか、と思った。互いに心ごと身を委ね、相手を思いやり慈しむ。それは、客相手では絶対にできないこと。  レックスの眉間に少し皺が寄った。もう少しなのかな、と思ったらゾクゾクして、そんな顔さえ愛おしいと思う。  こんな気持ちになるのなら、もっと早く知りたかった。  でも、そんな後悔もレックスはお見通しなんだろうなと思うと、愛おしさしかない。救い出してくれてありがとう、と感謝で胸がいっぱいになる。  やがてレックスの熱が弾けた。さすが騎士団長、そんな時も表情をあまり変えなかったけれど、そのあとにかぶりつくようにキスをされ、彼の気持ちの大きさが何となく分かった気がする。  この甘くて幸せな気持ちが、これからもあるのか、と思うと笑みが止まらなかった。レックスが身体の中から出ていって、あとを追うように彼の残滓が溢れてきた時の、むず痒さと恥ずかしさ、それからひとつになれたことの嬉しさはずっと忘れられないだろう。

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