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いやいやながら渡された服を着て、車を北に走らせる。
「あー、最悪なんだけど。」
「それでもまだ緩い方だって言ってたぞ?」
「緩いって言ったって、首は詰まってるよ!」
「はいはい。」
運転席に座るヒロを横から盗み見る。いつもと違う格好のヒロは、落ち着いた雰囲気も相まって、30代のオシャレなパパって感じに仕上がっている。本当に別人みたいだ。俺はと言うと、いつもの丸くて薄い水色のサングラスをかけている分、チャラい友達って感じ。止めろって言われたが、せめてもの反抗だ。
「それにしても、小さいうちから大変だな。」
「ああ。」
事務所でもらった画像を見る。小学校低学年くらいの男の子の盗撮写真。学校の帰りなのか黒いランドセルを背負っていて、傍から見ても分かりやすいブランド物の洋服を着ている。
「こいつ、初めてじゃないんだろ?」
「ああ。過去にも何回か攫われて解放されてるらしい。」
「こんな分かりやすく金持ちの格好してて『金の成る木』って感じ。」
「確かにな。」
「……いつか殺されるんじゃない?」
「何度も解放されてるって事は身代金の支払いが良いんだろ。それこそ『金の成る木』だ。殺されたりはしないんじゃないか?」
「そっか。」
車は下道を法定速度で走っているので、時間がかかる。高速道路はカメラが多いから使ったらダメらしい。バイパスが多めなのが唯一の救いだ。集合時間が早かったのは、これを見越しての事らしい。
「ねぇ、これいつまで続くの?」
「とりあえず行きはずっとだな。帰りはホテルまでは高速使っていいって言われてる。」
「行きもいいだろ!」
「なるべく映るなって事じゃ無いか?ホテルまでは時間が遅いから逆に下道の方が目立つ。」
「……ふーん。」
「まぁ、警察には捕まりたくないし、仕方ない。」
「それはそうだけどさぁ。」
グチグチ文句を言いながら走っていると、時間ギリギリに待ち合わせ場所に着く。どう考えても『悪い事してます』って顔の男たちに、ちょこんと小さな男の子は不釣り合いだ。
「うっす。『運び屋』です。」
「遅かったな。」
「時間通りっすよ。それで、その子ですか?」
「ああ。後は頼んだぞ。」
「はい。お金は?」
「もう払い込んだだろ。」
「あ、はい。」
組織がもう受け取ってるって事だ。後日、事務所に取りに行けばいい。っていうか、夕方行った時に先に渡せば良くない?まぁ、トンズラ防止だろうけど。正直、面倒すぎる。組織の態度にウンザリしていると、背中を押された男の子が俺の足元に飛び込んでくる。
「おっと。」
「ご、ごめんなさい。」
風にかき消されるくらい小さな声で謝ってくる少年。目隠しをされたままの少年の体はカタカタと小さく震えている。
「寒い?」
「ううん。寒くないです。」
「あ、そ。」
「うわっ!」
隣に居たヒロが少年を抱え上げる。
「それじゃあ、もう行くんで。」
「離れた所で目隠し取れよ!」
「はぁい。」
そんな事しなくても、中から外は見えねぇんだけどな。後部座席のドアを開けて乗り込むと、反対側のドアからヒロに抱えられた少年がチャイルドシートに載せられる。
「あ?これ、どうなってんの?」
「ここにそれ通して。」
初めて使うチャイルドシートにモタモタしている間も、少年はカタカタ震えている。
「ごめんなさい。痛くしないで。」
「大丈夫。そんな事はしない。」
「そそ。俺たちは運ぶだけ。」
ようやくベルトを着け終えて、ヒロも運転席に乗り込み車が発車する。マジで疲れた。強面の男たちと対面して緊張していた身体を解す。
「もうしばらく行ったら、目隠し外していい。その前にマスク忘れるな。」
「はいはい。」
カーテンの向こう側からヒロに話しかけられる。隣の少年を見ると、最初よりは震えていないように見える。車内は外に比べてだいぶ暖かい。
「やっぱり、怖い?」
少年は恐る恐ると言ったふうに頷く。そりゃそうだ。
「明日には帰れるからな。」
「……はい。」
少年は今にも泣きそうな声で答える。中から外は見えないし、夜で後部座席は真っ暗。時折、強い街灯の光が微かに運転席の方から漏れてくるだけ。中の明かりはスマホの光くらいしか無くて気が滅入りそうだった。
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