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行きよりもだいぶ速度の出ていた車が、緩やかに止まる。スマホを見れば、時刻は23時過ぎ。どこかのサービスエリアにでも止まったんだろう。真っ暗とはいえ、隣に『荷物』を乗せたまま寝る訳にも行かなくて、結局起きていた。
「先に様子見てくる。」
「うん、分かった。」
運転席のドアからヒロが出ていく。久しぶりに外から冷気が流れ込んで来て、つい身震いした。
「あの、着いたんですか?」
随分前に目隠しを外してから、ずっとこちらをチラチラ見ていた少年が口を開く。
「まだ。ちょっと休憩。」
「そうですか。」
「お前、名前なんて言うの?」
「……幸太郎です。」
「ふーん。呼びにくいから『コタ』でいい?」
「はい。僕のあだ名『コタ』って言うんです。」
ここにきて初めて車内の空気がちょっと緩んだ気がする。そうなんだよ。隣でコタはガチガチだし、マスクもしっ放しで、本当に疲れた。運転席のドアが開いて新鮮な空気が入ってくる。
「誰も居なかった。休憩しよう。」
「おう。」
エンジンが切られて、後部座席のドアが開く。久しぶりに見たヒロはしっかりマスクを付けていて、マジで全然見慣れない。
「動くなよ?」
ガタイのデカいヒロにそう言われてガチガチになったコタがチャイルドシートから降ろされている間に、俺もドアを開けて外に出る。
「あ゛ー。」
おっさんみたいな声を出しながら、身体を解す。本当に疲れた。外も見えないし、ヒロと話も出来ないし、見られてるから不用意にスマホも見れないし。マジで地獄だった。
「行くぞ。」
「あ、うん。」
コタを軽々と抱え上げているヒロは、どこからどう見ても父と子って感じでびっくりする。もうヤダ。あんまり見ていたくなくて、先を歩いてトイレに向かう。個室で用を足していると「座って出来るか?」「うん。」と、ヒロとコタの声が聞こえる。もう親子じゃん。水を流して外に出ると、ちょうど二人も出てくる所だった。同じ個室に二人で入っていたらしく、コタを抱き上げたヒロが出にくそうにしている。
「俺が手繋いでるよ。」
「すまん。頼む。」
降ろされたコタと手を繋いで手洗い場でヒロを待つ。
「二人は友達なんですか?」
「あー、うん。友達って言うか……家族?」
「兄弟なんですか?」
「兄弟じゃないけど、一緒に住んでるし。」
「そうなんですね。」
水の流れる音がして、ヒロが個室から出てくる。
「助かった。」
「ううん。」
自分の手を洗ったヒロが、コタを持ち上げる。
「ほら、手洗って。」
「うん。」
いつの間にか、コタはヒロに懐いている。ヒロは昔から小さい子の扱いが上手い。いや、知ってたけど。知ってたけど、なんかムカつく。
「ほら。」
「なに?」
「手洗ったんだろ、行くぞ。」
コタを抱え上げたヒロが手を差し出してくる。
「手なんて繋がねぇよ!」
「あ、そ。」
くるりと向こうを向いて歩き出したヒロを追いかけて、セーターの裾を掴んだ。ヒロは俺のもんだ。小さな子にまで焼きもち焼くのは我ながらどうかしてると思うけど。
「晩飯、買おう。」
服の裾を掴んだのはバレていて、振り返ったヒロの目は優しく微笑んでいた。恥ずかしくなって、掴んだ裾をパッと離し、自販機に目を移す。飲み物と軽食を売っている自販機が並んでいる。
「あ!うどん、そばだって!珍しい。」
「汁物は止めろよ?車内で食べるんだから。」
「……。」
「そんな顔してもダメだ。こっちの自販機で選べ。」
「ちぇっ。」
「ふふふっ。」
いつもの調子でやり取りしていると、コタが笑った。
「なんだよ。」
「な、なんでもないです。」
「お前は何が食べたい?残しても俺が食うから、どれか選べ。」
「えっと……。」
ヒロとコタが選んでいるうちに、俺は隣の自販機でたこ焼きを買う。ボタンを押すと、ブオーンとレンジが音を立てる。
「これにします。」
コタが指さしたのはピラフだった。コタを抱えているヒロに代わって、お金を入れてボタンを押す。こっちは小さい音で音楽が流れ出した。隣でガコンと音がして、温まったたこ焼きが出てくる。
「ねぇ、ポテトも買っていい?」
「いいよ。」
熱々の箱を取り出して、ポテトも買った。そうこうしてるうちにピラフも出来上がって、もう一度お金を入れると、ヒロは焼きおにぎりのボタンを押す。
「ヒロ、米ばっかだね?」
「これでいいよ。種類無いし、いつもより量は少ない。」
「確かになぁ。」
トイレと自販機しか無い小さなパーキングエリア。自販機のメニューも軽食って感じだし。
「あの、ピラフも全部食べますか?」
コタが不安そうにヒロに話しかける。
「大丈夫。お前が食べて残った分でいい。」
「でも……。」
「いいの、いいの。俺のも残るから。」
俺がそう言うとキョトンとした顔でコチラを見る。
「残すのに買うんですか?」
「だって食いたいし。コタも食べたいもの食いな。」
「これでいいです。」
小さな手で、ピラフの箱をぎゅっと持っている。その顔は嬉しそうで、俺はそっと息を吐き出した。出来上がった焼きおにぎりとポテトも抱え、車へと戻る。
「なぁ。」
「なに?」
「運転席で交互に食うか?」
「いいよ、もう。めんどくせぇ。」
「じゃあ、カーテン開けるか。後ろ、暗いだろ。」
「おー。頼んだわ。」
コタをチャイルドシートに座らせて、ヒロは運転席、俺は後部座席に座り直す。本当ならコタに食わせながら運転席で交互に食った方がいいし、そうしたらカーテンを開けて後部座席を明るくする必要も無いんだけど。運転席と後部座席の間のカーテンを開けて、3人で飯を食うことにした。邪魔になったマスクを外す。
「顔、見せちゃっていいんですか?」
チャイルドシートに座ったコタが言う。
「なに?お前、俺達のこと話すの?」
「話さないです。怖いことしないし。」
「ふーん。じゃあ、いいでしょ。」
「はい。」
ピラフの蓋を開けて、スプーンと一緒に渡してやる。
「いただきます。」
「あとで俺のたこ焼きも1個食う?」
「うんっ!」
ピラフをパンパンに口に入れて楽しそうに食べるコタを見て、ついでに買ってきたお茶を一口飲む。こいつ、可愛いんだよな。ヒロをチラリと見ると、おにぎり片手にスマホとにらめっこしていた。組織の車にカーナビなんてハイテクなものは付いていない。道順の確認だろう。たこ焼きを一口食べたら、めちゃくちゃ熱かった。
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