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「はぁはぁはっ!」
苦しそうに息を吐く音が聞こえる。俺を抱きかかえながら走る母さんの息遣いだ。バクバクバクと母さんの心臓が早鐘を打つ音も聞こえる。突然、「パーン!」っと遠くで大きな音がする。
「早く!こっちだ!」
聞こえた大声は、先を走っていた父さんの声。その声に導かれ、俺を抱き抱えた母さんは机の奥に身を隠す。するとすぐに「バン!!」っと音がして、ドサッと重いものが床に倒れる音がする。父さんが撃たれた。「お父さん!」と声をかけようとするが、母さんに口を強く抑えられる。
「おい、やったぞ。」
「まだだ。こいつと一緒に女がいたはずだ。」
ザクッザクッと床を歩く音がする。ギュウっと息が出来なくなるくらい、母さんに抱き締められた。その時だった。
ドンッ
大きな鈍い音と、強い衝撃が俺たちを襲った。ザクッザクッと男の足音が聞こえる。
「女も殺った。」
「行くぞ。次だ。」
「ああ。」
ザッザッザッと男たちが走っていく音が聞こえる。だが、それどころでは無かった。俺を抱き締めていた母さんの手から力が抜けていく。
「お母さん?」
俺の頭に生暖かいものが垂れてくる。むせ返るような、濃い血の匂い。
「お母さん?ねぇ?」
小さな声しか出ない。ドクドクドクっと心臓が早鐘を打つ。母さんの手が、ズルリと滑って、とうとう床に落ちる。
「ヒロっ!」
身体を揺さぶられ、ハッと目を覚ます。心臓がバクバクと音を立て、はぁはぁと息が戻らない。
「ヒロ、大丈夫か?」
見上げると、ハヤトが心配そうな顔で俺を見下ろしている。コロリと目の端から涙が零れた。
「っはぁ、うん。大丈夫。」
ハヤトの手が、俺の頭を撫でる。ビクリと身体が震えた。
「大丈夫、大丈夫。……また怖い夢見たんだろ?いつもみたいにくっついて寝ようぜ。」
「でも、守らなきゃ。こいつを端にして寝れない。」
乗り出したハヤトの下で、すやすやと寝息を立てている少年を見る。
「じゃあ、こうしよう。」
ハヤトが少年を抱きかかえ、自分と少年の位置を入れ替える。少年は壁とハヤトに挟まれる。ハヤトは横向きになって、俺に背を向け、少年を囲うように胸に抱いた。その様子に、俺を抱きかかえた母のことを思い出し寒気がする。
「ヒロが後ろから俺のこと、抱き締めて。」
「でも……。」
俺はハヤトを失う事が怖くて、あの事件以来、ハヤトにくっついていないと上手く寝れなくなってしまった。中学に上がる頃には段々見なくなっていったあの日の悪夢も、繰り返し見るようになった。
「どうせ起きるまで、あと一時間くらいだろ?」
時計を見る。寝だしてから二時間。日に三時間寝れば、翌日に影響は無い。いわゆるショートスリーパーになった俺には充分だ。
「……分かった。」
ハヤトの後ろにくっついて、腕まくらの要領でハヤトの頭の下に腕を入れ、もう片方で抱き締める。もう大事な人を失いたくない。トクントクンと、ハヤトの鼓動が伝わってくる。ふあぁぁっと欠伸を漏らしたのが聞こえる。
「おやすみ、ヒロ。」
「うん。おやすみ。」
すぐに、すぅすぅと寝息が聞こえる。少年とハヤト、二人の寝息を聞きながら大きく息を吐き出した。腕の中の温かな身体をぎゅっと抱き締めて、ハヤトの鼓動に集中する。今度は大丈夫。もう一度、眠りに落ちていった。
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