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第80話 指輪 ーガストー・サオマー
オークト様に姫抱っこされている神子様と、セプターに姫抱っこされている俺を交互に見て、大魔道士フリーレル様は、呆れるようにため息をついた。
「はー、そうですか。それでは水属性の勇者の皆様、火属性の魔物の討伐お疲れさまでした。ごゆっくり魔法学園の自室に戻り お休みください」
セプターの手にぐっと力がこもる。
「り、…お前は俺の部屋でいいよな?」
「えっ!セプターの部屋?」
「魔法学園に帰ってきたんだ。さっきの続きをするぞ💜 チュッ💜」
「んっ!んんんっ💙セプター、んっ💙」
セプターはキスをしながら器用に俺をゆっくり運んで行く。
「んはぁっ💙降ろせ、セプター」
「俺の部屋まですぐそこだから チュッ💜」
部屋に連れていかれてはまずいっ!
ジタバタしているとセプターの肩越しに神子様と目があった。
「神子様っ、助けて下さい」
「リ…、助けてなんて酷い事言うな」
神子様はにやにや笑っているだけで助けてくれそうにない。
「神子様、このままじゃ駄目だ。薬が切れる。新しい薬を下さい」
「あー、悪いな、あの薬はもうない」
「ないっ?!そんなっ!!」
薬がなければ大変なことになる。
セプターから早く逃げないと………
「セプター!今日は駄目だ。向こうで沢山したんだから、もういいじゃないか。そうだ明日だ!明日にしよう」
「何をいまさら照れているんだ。今夜は寝かせてやらないから覚悟しろ…チュッ💜」
学園寮に入り、長い廊下を渡りきるとそこはもうセプターの部屋だ。
「セプター、頼むお願いだから今夜くらいゆっくり休ませてくれ」
「何言ってるんだ。これからは討伐もないから、いくらでもゆっくりできるだろう」
「だからその前に休ませてくれって言ってるんだ」
そうこうしているうちに何度も来たことのあるドアの前に着いてしまった。
ドアを開けると薄紫色壁紙の落ち着いたリビング…を素通りして寝室に直行する。
「……わあー!ほら、俺 風呂とか入ってないし、服も汚れてるし、な、頼むよ」
セプターは割れ物を扱うようにそっとベッドの上に俺をおろすと説得するように顔を覗き込んでくる。
「セ、セプター?」
「向こうで散々、このままでやってただろ? もう限界なんだ。これ以上じらさないでくれ」
「じらしているわけじゃない」
「じゃあどういうつもりなんだ? ああ、抱き方に不満があったのか。討伐があったから仕方ないだろう」
「不満とかじゃ…」
「それなら大丈夫だ。今夜はセーブしないで お前が満足するまで抱いてやれる。」
セーブだと?
あれでセーブしてたというのか?
顔から血の気が引く。
いや、驚いている場合じゃない。
早くここから逃げよう。
「いや、それは良いから、俺は風呂に入りたいんだ。それに着替えさせてくれって言っただろう。何度も言わせるな」
「駄目だ。お前、逃げる気だろう」
ぎくっ、バレている。
「いや、違う。そうじゃない」
「お前の考えていることくらいわかってるんだからな。 あ!そうか、ちゃんとした約束が欲しいのか………ふーーー、素敵なレストランで、したかったのに…仕方ない」
ベッドの横にあるチェストの引き出しの鍵を開けて中から横長の小箱を出してきた。
セプターは目の前で俺に膝まづいて箱の中身が見えるように開いた。
その中には指輪が寄り添うように2つ並んでいる。
「リーフ、お前の身の上も掟の話も理解していたつもりだった。でも俺はお前を愛することが止められず、お前を手折ってしまった。お前は掟に従い死ぬためにここから逃げようとしているんだろう?そんなことわかっているんだ。大丈夫だ、お前の命は俺が一生守っていくから信じてついてきて欲しい。もし不安なら俺は家を捨てて誰も知らないところに二人で暮らすのもいとわない。お前を愛しているんだ。俺と夫婦のように一緒に暮らしてくれないか」
掟とか何を言っているのかわからない。
だけど俺の前に差し出された二つ並んだ指輪には それぞれアメジストと黒い石ヘマタイトの石がはめ込まれている。
どう見てもこれは……
「プロポーズ…なのか」
「そうだよ。…リーフ返事を聞かせてくれ。」
…ああ、酷い…酷いぞ、セプター…
涙で視界がゆがんで良く見えない。
「リーフ?」
この言葉を聞かなければ………セプターにいい思い出だけ残して消えるつもりでいたのに………
俺が欲しかった言葉を…
居場所を…
全部アイツが持っていくのか…
……悔しい……何で俺じゃないんだ。
「名前 呼ぶなって言ったのに………」
「討伐は終わったんだから良いじゃないか。名前を呼ばなくちゃプロポーズに格好つかないだろ? リーフ答えてくれ」
涙が溢こぼれて視界がクリアになる。
目の前にいるセプターは自信いっぱいの笑顔で断られるなんて微塵も思っていない。
ここで振ってしまえば セプターとリーフにとって一番いいのかも知れない。
でも………
俺との約束を破った上に、こんな酷い仕打ちをするお前が悪いんだ。
黒い嫉妬が心の中を占拠していく。
この指輪は俺がもらおう。ここでプロポーズされたのは俺なんだから…
リーフはまた、新しいのを買ってもらえばいい。
「わかった。指輪をはめてくれ」
「有難うリーフ」
差し出した左手の薬指にセプターは嬉しそうにアメジストの指輪をはめるけど、凄く大きなリングサイズ。
リーフの指は随分太いんだな。
そんなことをぼんやり考えながら指輪が一番奥まで収まるとシュッと縮まり、ちょうどぴったりなサイズに収まった。
アメジストの指輪は偽物の恋人の俺を嘲笑あざわらうようにキラキラと輝いた。
「驚くのも無理はない。これには特別な魔法がかかっているんだ」
特別な魔法がかかった指輪……俺はまた悔しくて下唇を嚙み締めた。
「リーフ、俺にも指輪をはめてくれないか」
言われた通り、小箱に残っているもう一つの指輪を手に取り、セプターの左手薬指にはめた。
指輪の石はリーフの薄紫の髪色ではなく、なぜか黒い石ヘマタイト……
不思議だったが、これはセプターの好きな石なんだろうと思った。
「俺の妻になってくれて有難うリーフ。愛しているよ」
「俺も愛している」
「俺も愛している。絶対お前を幸せにしてみせる」
「……セプター、忘れられない夜を俺にくれ」
「もちろんだ。可愛い俺のリーフ」
ああ、忘れられない夜が始まる…
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