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第13話
「ぴかぴかキレイだったね~」
「次はみーちゃんのお誕生日に来よっか」
「約束だよ!」
「ようしパパもお仕事頑張っちゃうぞ」
「頑張りすぎて倒れないでね」
両親と手を繋いだ女の子はスキップしていた。続いて地面を踏んだ遊輔と薫は無言。
気詰まりな空中散歩が終わり、後はマンションに帰るだけ。ゴージャスにライトアップされた観覧車の周囲にはカップルが屯し、和気藹々じゃれあっている。
口火を切ったのは薫の方だ。
「……出てくって本当に」
「くどい」
「荷物は」
「大してねえよ」
「来月?来週?」
「明日。今夜でもいいけど」
にべもない返答。
「また盗撮されちゃかなわねェし早いとこ消える」
「もうしません」
「絶対やらかす」
尻ポケットに手を入れ、かき消えそうな声で呼びかける。
「遊輔さん」
前を行く背中が止まり、億劫げに顔を傾げて一瞥よこす。ポケット内が手汗で蒸れる。
今だ削除しろ、きちんと確認してもらえ。これで何もかも元通り、望んだ日常に戻れる。
でも。
だけど。
ボタンいっこで遊輔さんへの仕打ちをチャラにしようなんて、ずるくないか?
スマホに置いた指が迷子になる。
「バンダースナッチは解散?」
「悪徳プロデューサーは晒す」
「その後は」
「決めてねえだろまだ。白紙で保留だよ」
遊輔さんらしい。
俺がどんな馬鹿しでかしたって既に取り掛かったヤマを投げたりしないのだ、この人は。
今やめたら、クズに食い物にされた女の子の叫びを掬い上げる人がいなくなってしまうから。
「俺は続けます。遊輔さんが抜けても一人で」
「あっそ」
気怠げに首の凝りをほぐす遊輔の方へ、一歩踏み出すと同時に名前を呼ばれた。
「薫?」
「湊さん」
知ってる男がいた。復縁を要求してきた元彼。隣にいるのはまだ学生に見える若い男だ。
「すごい偶然だな、横浜来てたのか」
最悪のタイミングで会ってしまった。知らない男に割り込まれ、遊輔は当惑している。
「デートですか?」
「マッチングアプリで知り合った。ぼちぼち帰すとこ」
退屈そうにスマホをいじる青年を一瞥、声を潜めて囁き返す。数年ぶりに見た湊はピアスホールが増え、ツーブロックに剃り上げた髪を茶色に染めていた。交際当時は金髪だった。湊が遊輔を値踏みする。
「誰?友達?年離れてるな」
「ほっといてください」
「男同士で観覧車乗りに来たの?ひょっとしてそーゆー関係……」
「違いますって」
露骨に安堵する湊。遊輔が口を挟む。
「知り合い?」
「元彼」
薫を制して答え、なれなれしく肩を組む。
「五年位前に付き合ってた」
「へえ」
「俺がバーテンの基本教えたんだよな?部屋と職場世話してやって」
「離してください」
振りほどこうと身をよじるも、肩を掴む握力の強さにたじろぐ。
「このあと付き合え。話してえことあるし」
「んじゃ別行動だな」
あっさり言って踵を返す。
「久しぶりに会ったんだろ。ゆっくりして来いよ、お邪魔虫は消えっから」
「元って言ったの聞こえませんでした?今は赤の他人です、俺とは何の関係もない……」
「誰に言い訳してんの?」
「誰にって」
「付き合っちゃねーだろ、俺たち」
振り向きざまスマホを突き付ける遊輔。画面に表示されたのはギャルピースの若い女。
「その娘に会いに行くんですか」
「近くに住んでんだ」
「元カノ?」
「かもな」
スマホをしまって肩を竦める。薫は所在なげに立ち尽くす。遊輔が唇の端を上げる。
「泊まってくれば?今夜は帰んねえから」
「……ッ」
「睨むなよ。お互い様だろ」
「さっき言ったじゃないですか、この人とは何年も前に別れてそれっきり」
「お相手は未練たらたらチラチラ見てる」
上滑りする会話のもどかしさに歯噛みする。湊がにこやかに促す。
「いい店知ってんだ、馴染みだからサービスしてくれる」
「だとさ。早く行かねーと席取られちまうぞ」
湊が大麻に手を出し逮捕されたことも、恋人に手錠を掛けバスタブに監禁していたことも遊輔は知らない。
だから?
「帰り、気を付けて」
雑踏に紛れた背中に語りかけ、湊に引きずられて遊園地を出る。青年はスマホを見たまま。
「挨拶は?」
「拗れると面倒だろ」
連れてこられたのは瀟洒なバー。店内の客は疎らで、落ち着いた雰囲気が好印象だ。
「センスいいですね」
「俺の行き付け」
カウンターに面したスツールに腰掛ける。湊が慣れた素振りで注文する。
「バイオレットフィズ」
少し驚く。
「お前は?」
「……同じので」
殆ど待たせず注文が来た。グラデーションがかったパープルの中で炭酸の気泡が弾け、間接照明を透かす。
「乾杯」
湊が先にグラスを取って掲げる。仕方なく打ち合わせる。
「なんでこれにしたんですか」
「初めて作ってやったヤツだから」
「覚えてたんだ」
「忘れるかよ」
飲むのは久しぶりだ。別れてから無意識に避けていた。上澄みで口を湿し、呟く。
「ホント偶然ですね、観覧車の前でばったりなんて」
「運命ってあるんだな」
「ロマンチストですね。気持ち悪い」
「前みたいに喋れ」
「ブランクあるから」
「よそよそしい」
「他人だし」
交際期間は一年足らず、破局の原因は彼の逮捕。薫にとっては初めて同棲した男であり、バーテンダーになるきっかけを作った人物でもある。
湊がため息を零す。
「ご覧の通り更生した」
「口先だけじゃないの」
「捕まったんだぜ?さすがにこりたよ」
「店出すって聞いたけど」
「桜木町に良物件あって。七階建て雑居ビルの五階」
「前科者に売ってくれたんだ?」
「手厳しいな」
だんだんと敬語が砕けて素が出る。昔はタメ口で話していた。数年前の記憶が甦り、懐かしさが募りゆく。湊が眩げに目を細める。
「全然変わってないな。すぐわかった」
「別れた時には成長期終わってたしね。そっちも髪色以外あんまり」
「ジム通いで体型維持してる。若作りが取り柄だからな、アラサーには見えないだろ」
「ずっと向こうに?」
「ロスの店にいた。少し前に禊が済んで帰国。お前は?どこで働いてんの」
「さあ」
「出待ちなんかしねえよ。今はフリー?さっきの男は」
「あの人は……」
どういえばいいか迷い、グラスを伝うしずくを戯れに拭ってごまかす。
「世話になってるバーの常連。たまに遊ぶ」
「カタギなのか」
「一応」
「オフの日に客と外出ね。らしくねえってか、仕事とプライベートは分けるキャラじゃなかったか」
「五年も経てば変わる」
「気が合ってるようには見えないけど」
胸の内に黒い靄が膨らむ。
「俺が作るカクテル、おいしいって飲んでくれるから」
「それだけ?」
「バーテンにとってそれ以上の幸せない」
「俺が仕込んだって忘れてないよな」
湊がバイオレットフィズを嚥下し、カウンター下で脚を絡めてくる。
「より戻さないか」
ズボンの生地を隔てた脛が触れ合い、くすぐったさを生む。
「断ったよ」
靴の先端でふくらはぎをなぞられ、生理的嫌悪と紙一重の官能が産毛を縮める。ふいに湊が身を乗り出す。
「決まった奴いないって言ったよな。好きなんだ。忘れられない」
だしぬけに手を握り、まっすぐ瞳を見詰める。
「俺の店来い。即戦力としてスカウトしたい」
「引き抜き?大胆」
「茶化すな。本気だ」
「今の店気に入ってるんだ。マスターもいい人だし」
「給料弾む」
「お金に困ってない」
面倒臭い。やっぱり来るんじゃなかった。込み上げる後悔をバイオレットフィズで押し流す。
「なんで五年前に終わったヤツにこだわるんだ」
「俺のカクテル一番うまそうに飲んでくれた」
不意打ちに手が止まる。
湊が薫の髪を一房梳く。
「あれから色んな奴と付き合ったけど、比べちまうのがやめられない。誰が一番か心に聞けば薫だって即答する」
薫の一番は今も昔もブレずに遊輔だ。
湊と暮らしていたのは彼が作るカクテルが好きだからで、薫が早く家を出たがってることを知ってウチに来いよと誘ってくれたからで、早い話が手っ取り早く利用しただけで。
詰まる所、あの夜飲ませてもらったバイオレットフィズに一目惚れしたのだ。
「電話のあとずっと考えてた、薫の声が頭ん中回り続けた、だから今日すぐわかった。俺たちさ、うまくいってたよな?仕事でもプライベートでも相性バッチリで、二人で店持ちたいってよく話し合ったもんな」
都合の悪い事実は忘れ、蜜月を追憶する横顔に冷めた眼差しを注ぐ。
「大麻に手を出すまで?バスタブに監禁した時は?」
「どうかしてた。大麻のせいでおかしくなってたんだ、謝るよ。けどお前が」
「俺が?」
グラスの中の氷が融け、涼やかな音を奏でる。
「……誰とでも寝るから」
遊輔でなければ誰でも同じだ。
誰でも同じで誰でもいい。
「思い込み。俺がしてもない浮気を疑って、アンタが勝手におかしくなってったんだ」
「本当にすまない」
両手で顔を覆い俯く。少しキツく言い過ぎたか。大人げなさを恥じ、ぬるい微笑みで受け流す。
「もういいよ。昔の話」
「許してくれるのか」
「やり直すのは無理だけど、たまに会って飲む位なら」
裾の捲れた脚を引っ込め、最大限の譲歩をする。両手をずらして見えた目は真っ赤に潤んでいた。
湊への愛情はとっくに冷めてしまったが、恩と情のようなものは辛うじて残っている。
「トイレ」
グラスの中身を残したまま腰を浮かす。男子トイレの個室に入り、後ろ手に施錠したドアに凭れてスマホを見る。LINEが来てるかもと期待し、当てが外れてため息吐く。メッセージ欄に謝罪を打ち込んで消し、また打ち込んで消し、几帳面に手を洗って店内に戻る。
「お待たせ」
湊は二杯目を注文していた。一瞬血と見間違えたカクテルの名前は
「コープスリバイバー?怖いの飲んでる」
「口直しに」
「死んでもあなたと、か」
スツールに掛け、違和感を覚える。カウンターに付いたグラスの底の跡がほんの少しずれている。
誰かが動かした?
「どうした?」
薄っすら濡れた円の切れ目を睨む。違和感と胸騒ぎが膨らむ。
「……変わってない」
冷たく独りごちて立ち上がる。湊がコープスリバイバーを置く。
「帰る」
「来たばっかなのに」
手首を掴まれた。指が食い込んで痛い。顔を歪めて唸る。湊が低く脅す。
「まだ残ってんじゃん、全部飲んでけ」
「離せ」
ギリギリ手首を締め上げ、力ずくで抱き寄せる。
「一晩付き合え」
「嫌だ」
「さっきのヤツとデキてんの」
「ちょっとはマシになったかもって期待してのこのこ付いてきて馬鹿みたいだ」
「俺だけ悪者か?楽しんだくせに」
「楽しんでない」
「足を蹴らなかった」
「暴れたらお店に迷惑が」
「誘ってるんだろ?」
腰に這った手が上着の裾を捲り、脇腹に忍び込む。怒りが沸点に達し、脳裏が真っ赤に焼き付く。
「さわんなゲス」
「口が悪くなったな。付き合うお友達選べよ」
「選んでるさ」
華奢な薫と比べ湊の腕は太く筋肉質、捕まったら逃げられない。調子に乗った湊が薫の顎を掴み、上向きに固定する。
「~~~~~~~~~~~~~ッ!」
キスされる。
不快な感触に身構えた矢先、水音と絶叫が上がった。
「何すんだテメエ!?」
「赤は落ちにくいぜ?早くクリーニング行きな、ギリギリ開いてんだろ」
遊輔がいた。コープスリバイバーを湊の顔面に浴びせ、空っぽのグラスをカウンターに置く。
「遊輔さん!?どうして」
「話は後」
ぽかんと立ち尽くすマスターに会釈し、薫の飲み残しのバイオレットフィズをかっさらい、一気に干す。
「あ」
止める暇もない早業。濡れた顎をぞんざいに拭い、現金な笑顔でグラスを返却。
「ただ酒サイコー」
「この野郎!!」
右フックを見切り、すかさず片膝を叩き込む。
「ぐふっ!?」
強烈な膝蹴りを喰らい吹っ飛ぶ湊を見下ろし、薫を庇って宣言する。
「コイツは俺のだから、次に妙な気起こしたら尿道と口を管で繋いで血尿カクテル飲ますぞ」
薫の手を取って出口に直行する。
「何?喧嘩?」
「通報する?」
騒然とする店内を颯爽と駆け抜け、開け放ったドアから路上へ転がり出たのち、たまたま通りがかったタクシーを捕まえる。
「どこまで?」
「とりあえず駅まで」
後部座席に雪崩れ込んだのを確認後にドアをロックし、タクシーが走り出す。注意深くリアウィンドウを覗けば、腹を抱えた湊の姿がみるみる遠ざかっていく。地団駄踏んで罵ってるらしいが、ここまで届かない。
「なんで店に?教えてないのに」
「前に入れた位置情報アプリ」
「アンインストールしたんじゃ」
「忘れてた」
「元カノに会いに行ったんじゃ」
「生憎留守」
答えが答えになってない。留守なら大人しく帰ればいいのに、位置情報アプリを見て店まで来た意味がわからない。
「どうして……」
わけがわからず絶句する薫の方は見ず、言いにくそうに付け足す。
「別れ際嫌がってたろ、離してくださいとか関係ないとか。あそこまで言うの珍しい」
「……まあ」
「で、覗きにきた」
「記者の勘ですか」
笑いだしたい気持ちと泣きたい気持ちがごっちゃになり、微妙な表情が浮かぶ。遊輔がふてくされる。
「したら案の定」
「カクテル粗末にする人嫌いです」
「頭冷えたろ」
「考える前に手が出るあたりいかにもって感じですね」
「手癖の悪さはフダ付き」
「開き直るんだ」
「残りは飲んだぞ、喉からからだったんで助かった」
「走って来たんですか」
「ノーコメント」
「間接キスって気付いてます?」
「気色悪ィことぬかすな」
全くこの人は。
「ありがとうございました」
丁寧に頭を下げる。遊輔はムッツリ頬杖付いたまま、苛立たしげに貧乏揺すりしていた。照れてるのかと思ったが、様子がおかしい。
「息荒いですよ」
「そうか?」
「顔赤い。すごい汗」
「走ってきたから」
うっかり口を滑らせ、苦虫を嚙み潰した顔をする。
「酔っ払っちまったみてえ」
「氷が融けたカクテル三分の二で?」
本当はわかっている。いやに息遣いが荒い理由も、顔が火照っている理由も、瞳が潤んで苦しそうな理由も。
「あの紫の……度数高ェの?」
「バイオレットフィズです」
「すかしやがって」
「わざと残したんですよ、薬を入れられたのわかったから」
遊輔が固まる。
「トイレに行って戻ってきたらグラスが動いてて、おかしいと思ったんです。カクテルに異物入れるなんてバーテン失格ですね」
俺のせいじゃない。不可抗力だ。人の話を聞かず飲みかけのカクテルに手を付けた、この人が悪い。遊輔が喉を押さえる。
「……中に何が……」
「デートレイプドラッグ?」
「なんでンなやべーブツ持ち歩いてんだ、元カレ売人とか聞いてねえぞ!?」
「お持ち帰り用でしょ、あの子は難を逃れてラッキーでしたね」
ドラッグには催淫効果が付随する物が多い。テントを張った股間に目をやり、囁き声で指摘する。
「苦しいですか」
「!」
咄嗟に背広を引っ張り、熱を持った下半身の反応を隠す。虚しい抵抗。
「止めろ」
「駅まで結構ありますよ、歩いて行けます?」
「息当たっ、から、しゃべんな」
「しーっ、運転手さんに聞かれちゃってもいいんですか。むしろ聞かせたいとか」
背広の内側に手を潜め、引き締まった胸をまさぐる。
「ふざけんな、ぁぐっ」
「寄りかかって。酔ったふりして」
背中に手を回し肩枕を貸す。反対の手は太腿に置き、緩やかになでさする。
背広を介して伝わる体温は異常に高く、シャツの内側は蒸れていた。
「体中敏感になって辛いですよね」
「わかんの?」
「使われたことあるんで」
口を利けるだけ大したものだ。感度上昇と勃起の促進作用から察するに混ぜられたのは即効性の媚薬の類、アルコールも相乗して効きを早めている。
「~~~~~~~~~~~っ、く」
「どうします?」
「病院……胃洗浄……だめだ保険証もってねえ」
「ウチまで一時間以上かかります。我慢できますか」
物凄い勢いで首を横に振り、太ももに乗った手をはたき落とす。今は走行の震動や衣擦れさえも刺激になる。
薫が運転手に告げる。
「行き先変更で」
「どこへ?」
「一番近いホテルにお願いします」
「ラブホになりますけど」
「構いません」
遊輔は毛を逆立てた猫よろしく、前屈みの姿勢で唸っていた。
「大丈夫ですか」
「……な、わけあるか……」
湿った前髪をかき上げ、眼鏡のズレを直し、間近で視線を合わせる。
「俺なんかほっときゃよかったのに、どうして戻ってきちゃったんですか」
「ゴチんなりに来ただけ」
「それだけ?」
「動画消してねえ」
「……強情っぱり」
「どっちが」
スマホのプラグにイヤホンを挿し、イヤピースの片方を自分の耳に、片方を遊輔の耳にねじこんで再生ボタンを押す。
『なんだってこんなまだるっこしい、ッは、監禁まがいのまね』
『怖いですか。声、震えてますけど』
『誰が』
『甘やかされたセックスしかしてこなかったんでしょ、どうせ』
生々しい衣擦れと息遣い。スマホの窓の中、幅広の布で目隠しされた遊輔が弱々しく身悶える。両手は手錠で拘束されていた。
『かお、る、手ェどけろさわんな、ッぐ、はぁ』
仰け反った遊輔が切ない声で喘ぐ。手錠の鎖が伸び切り、ベッドパイプとうるさく擦れる。
「テメエこれ」
「しっ」
運転席に目配せし、騒ぐなと言い含める。イヤホン半分こした遊輔が口を噤む。
『遊輔さん、メスイキしたことないでしょ』
『かお、る、抜け、苦しッ、ぁぐ』
嫌なら引っこ抜けばいい。だけどそれはしない。勢い余って本体に接続したプラグごと外れたら、あるいは故意に抜かれたら、車内に大音量の喘ぎ声が響き渡ることになる。
目隠し手錠で犯されている、遊輔自身の喘ぎ声が。
『ふッ、うっ、んん゛ッ、ぁ゛っぐ』
遊輔は涙目でズボンの膝を掴み、前立腺から感じまくった自分の喘ぎ声を延々聞かされる拷問に耐えている。
聴覚と直結した股間は反りと固さを増し、身も心もぐずぐずにふやけていく。
「エッチ中、こんな声出してるって知ってました?」
「……ぬけ」
「観覧車じゃ拒否ったのに」
「ちげ……、イヤホン……」
走る密室の中では運転手を憚って耐えるほかなく、抽送の都度高まる喘ぎに先端がぽたぽた濡れ滴り、無理矢理熾された体の疼きと熱に悶え、倒錯した性感がぞくぞく駆け抜け、膝を掴んだ手が小刻みに震え出す。
「物足りないなら両方嵌めたげましょうか」
「楽しいか」
被虐と羞恥に潤む赤い目。
「すごく」
イヤピースが毟り取られる寸前、たるんだケーブルに手を添える。
「いいって言うまでそのまま」
震える指を持っていき、離し、また近付け、おそるおそるイヤピースを摘まむも断念し、剥がした手をギュッと握り込む。
「下ごしらえです」
自分のイヤピースを外し、両方の孔を塞ぐ。また少しボリュームを上げ、耳の奥の処女膜を調教する。運転手は前方の交差点に集中し、後部座席のやりとりに気付かない。
遊輔にとって災難だったのは週末の夜で道が混んでいたこと。
最寄りのラブホまで十分あまり喘ぎ声を聞かされ続ける羽目になった頭はふやけ、体の方はすっかり出来上がり、ドアが開いてもすぐには立てない。
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