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第14話
「着きましたよ」
バックシートにぐったり沈みこんだ遊輔に肩を貸し、腰に手を回して引っ張り出す。
「お連れさん大丈夫ですか、しんどそうですけど」
「悪酔いしちゃったみたいで……少し休んでればよくなります」
悪酔いは悪酔いでもバッドトリップの方だが、嘘は言ってない。心配する運転手に丁寧に数えた紙幣を渡す。
「今お釣りを」
「とっといてください」
「え、いいんですか?」
「シート汚しちゃいましたし、汗で」
きわどい当て擦りにびくりと震え、背中を曲げた遊輔が忌々しげに睨んでくる。
「ありがとうございます。遊輔さんもお礼言って」
揺すった拍子に前髪がばらけ、かくんと膝が泳ぐ。
「ぅっ……」
難儀なことに息遣いや衣擦れさえもぬるい刺激に置き換わり、オーガズムの先取りじみた微痙攣を起こす。手荒に扱えばどうなるか予想は付いていた。
それでもまだ黙っている為、少し意地悪する。運転手の死角を選び、膝で臀部を押す。
スラックスの生地がギチギチに突っ張り、熱を持った会陰に食い込む。
「!?はッ……、」
外側から前立腺を揉むコツは知っている。恥骨を煮溶かすテクも。
可哀想に、相当苦しいはずだ。
胃壁から細胞に染み渡ったドラッグは全身の皮膚と粘膜を性感帯に作り替え、痛みに強く快楽に弱い遊輔をじわじわ責め苛む。さらに圧を加え、狙い定めて捻る。
「ん゛ッ、ぐ」
口を覆い声を殺す。会陰にはペニスの根元・尿道・前立腺が詰まっている。それ故勃起時には会陰全体が張り詰めるように膨張する。尿道が通っている為、射精後は肛門付近から絞り出すようにして尿道に残った精液をたらすこともある。即ち、男性器で一番性感の強い部位と連続しているのだ。
「会陰オナニーしたことあります?陰嚢の裏にある陰嚢縫線を押すと、それだけでドライオーガズムに至れるんですよ」
「人前、だぞ。タクシー行ってから」
粘った舌が縺れる。呂律が回ってない。バックミラーに息を吹きかけ、神経質に拭き始めた運転手を窺い、口ごたえの罰としてゆるやかに鼠径部をなぞる。
「パンパンですね」
かくかく膝が笑い、息に熱がこもる。
「ちょっと湿気ってません?俺の膝と自分の声だけでこんななっちゃうんですか?車の揺れがよかったのかな」
「今だめ、見られ、ぅぁ」
「イヤホン半分こ興奮しました?どこで目と手をギュッてしたか、教えてあげましょうか」
ふいに服を引っ張られ視線を落とす。
「ッは、」
遊輔が薫のシャツを掴み、指の関節が白むほど力を込めて縋り付く。
「ふッ、ぐ」
立てる。寝かす。握り込む。関節と長さのバランスが絶妙な指が無茶苦茶にのたうち、ブツンとボタンが弾け飛ぶ。
欲情した。
「かおる、ぃ゛」
裂けんばかりに伸びきった縫い目が食い込むのを狙い撃ち、トントン突く。
「~~~~~~~~~~~!」
目は口ほどに物を言うそうだが、遊輔の場合は手だ。上の空で煙草を喫い、パソコンのキーを叩き、ボールペンを回し、スロットで遊び、パチンコを打ち、外れ馬券を破り捨て、快楽に狂うぎりぎりまでシーツを巻き込んで暴れ、絶頂間際になって漸く抱き付いてくる憎たらしい手。
「ふッ、ふ〜〜っ」
その手にテコでも離すまいと掴まれた多幸感に満たされ、好きな人に求められている、必要とされている安心感を煮溶かす支配欲に溺れていく。
遊輔が運転席を憚り、吐息に紛れてかき消えそうな声で制す。
「膝トンやめっ、ンなしたら、は、ン゙っぁ、ぞくぞく止まんね、キンタマの裏っ、股ぐら当た、ンん゛ッ」
「可愛い言い方」
「~~~~~~~~~~~クソガキ」
湿り気を帯びた前髪をかき上げ、汗と涎にしとどにまみれ、既に事後であるかのように茹だりきった素顔を暴く。
ずくんと股間が疼く。
「かっこ悪いな遊輔さん。ちゃんとお礼言って。できるでしょ、大人なんだから」
この人は見栄っ張りの意地っ張りだ。薫に……十歳も離れた子供に縋り付いた醜態を呪い、あとできっと死にたくなる。
「……できねえ……」
「俺が知ってるかっこいい遊輔さんは会陰千本ノックなんかでへこたれたりしないはず」
ぐっと膝を抉りこみ、左耳から抜けかけたイヤホンを嵌め直す。
「顔上げて。まっすぐ見て」
運転手は知らない。想像すらしてない。知っているのは薫と遊輔だけ。
「覚えてろよ」
息を深く吸って吐き、また深く吸って吐く。唾液の糸引く口を開いて閉じ、また開いて閉じ、赤面して言葉を紡ぐ。
「ありがと、ぅっ、ございました」
「ご丁寧にどうも」
運転手が生唾を飲む。
遊輔の痴態は目に毒だ。
ぎらぎら血走る三白眼も噛み癖が付いた薄い唇もここまでされてもまだ挫けず抗いより浅ましくより淫らに苦しみ悶える様さえも、生意気な男を痛め付けるのが好きな手合いの情欲を罪深いほど煽るというのに本人だけがそれに気付かず、気付いていても断じて認めず、これからも当たり前に女を抱く側でいられる、誰かを犯す側に留まれると自惚れている。
名残惜しげに走り去るタクシーを見送り、遊輔の肩を抱いて自動ドアをくぐる。花崗岩のフロントは無人。壁に埋め込まれたタッチパネルで部屋を選択するシステムになっており、ピンク・オレンジ・ブルー・イエロー他、それぞれの色を基調に趣向を凝らした室内の写真が掲示されていた。
ラブホに泊まるのは久しぶりだ。そばに近寄りじっくり見比べる。
「どれにします?」
「一番安いの」
「残念、埋まってます」
「とっとと決めろ!!」
空室表示の中からパープルの照明の部屋を選び、突き当たりに設置されたエレベーターに乗り込む。ドアが閉まるが早く、用済みだとばかりに突き飛ばされた。
「様子変なの気付かれちゃったかも。発情しきった顔見せちゃ駄目ですよ」
「ンな顔してね、ッは」
「名刺あげればよかったのに」
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