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第15話
ノブを回しドアを開ける。
「気休めになるかわかりませんけど、前に俺が使われたのと同じなら出すもの出してスッキリすれば楽になりますよ」
パープルの室内灯が照らす部屋は映画のセットめいて現実感が褪せていた。ベッドに倒れた遊輔の後方に回り、脱がした靴を揃えて置く。
部屋に着くまでは壁伝いに歩いていた。概ね自業自得とはいえ、警戒ぶりに少し傷付く。
「熱……」
ベッド周辺の壁と天井は鏡張りになっており、スーツを乱し仰向けた遊輔と、介抱に当たる薫を鮮明に映し出す。
朦朧とした遊輔から背広を剥ぎ、きちんと皺を均してハンガーに掛け、ワードローブに吊るしておく。
バイオレットフィズを飲んでから既に三十分以上経過していた。脳裏にチラ付く面影を冷たく切り捨てる。
「見損なったよ」
カクテルに薬を盛るなんてバーテンの風上にも置けない男だ。あそこまで堕ちたとは思わなかった。
片手でスマホをいじり、催淫効果のあるドラッグの情報を調べる。
遊輔は手癖が悪いが馬鹿じゃない、一口飲んで違和感に気付けば吐き出すはず。そうしなかったということは、混ぜられたのは少量と見ていい。
飲みさしのカクテルの上で錠剤を分解し、粉末を混ぜる湊の幻影に気分を害す。
俺の時はどうだった?持続時間は大体……検索を終えたスマホをサイドテーブルに伏せ、再び声をかける。
「靴下とっちゃいますね」
片方に手を掛けた瞬間、血相変えて起き上がる。
「余計なことすんな」
「!痛た、」
蹴られた弾みに尻餅付く。
「しねえよ」
「え?」
「休憩に寄っただけ。ひと眠りすりゃおさまる」
思考停止。
「本気で言ってます?」
「ああ」
「その状態で就寝?生殺しですよ」
「じっとしてりゃ朝には……」
「ラブホ来て寝るだけ?」
「きょうび女子会男子会で予約する物好き珍しかねえ。地方から上京した受験生だって転がり込むし、俺も最上と泊まったことが」
「最上さん?」
聞き捨てならない。俄かに気色ばむ薫の様子に「しまった」と慌てる遊輔。
「最上さん既婚者ですよね」
「独身時代」
「そーゆー仲なんですか?」
「はあ?」
「デキてたんですか」
「思考の瞬発力すげー。飛躍しすぎて月面着陸できんじゃねえの、アームストロングと握手してこい」
「ごまかすのが怪しい」
憎まれ口を叩ける程度には体力が回復したようだ。否、虚勢を張っているだけか。膝でにじり寄る薫の詮索を疎んじ、寝返りを打って弁解する。
「仕事。ダブル不倫疑惑の女子アナと司会追っかけてた時に」
「同じ部屋泊まって同じベッドで寝たんですか」
「添い寝はしねーよ気色悪ィ。交代で仮眠とって、片っぽはカメラ持って廊下で見張り」
思い出し笑い。
「今のウケるとこありました?」
「いや……最上の奴さ、ウォーターベッドで酔って……三半規管弱雑魚すぎんだろ」
珍しく皮肉の成分を含有しない、ただ面白いから笑ってる顔に胸が痛む。そっけなく先を促す。
「肝心の成果の方は」
「夜通し張り込んだ甲斐あって、とびきりのネタすっぱぬけた」
得意がる遊輔を宥めすかす。
「お預け辛いのは遊輔さんの方でしょ。一回ヌけば違うんで」
手を弾いてそっぽ向く男に対し、苛立ちが沸点に近付く。揉み合いを制して腕を組み敷き、真上から顔を覗き込む。
「~~~~くそっ、本調子ならテメエなんざ」
「横取りして勝手に飲むからこうなるんです」
「助けてやったのに」
「一人で切り抜けられました」
「ケツ揉まれてた」
「あれ位別に普通です。元彼って忘れてませんか」
「嫌がってたろ」
「人いたし」
「誰もいなけりゃいいのか」
肩を竦める。
「気が向けば一晩付き合ってもいいかなって。年単位でストーカーされる煩わしさに比べたらセックスの方が安上がりだ」
「尻軽が」
「見せ付けられて惜しくなりました?」
したたかに微笑む。
「飛び入りで邪魔するから話がこじれたんです。遊輔さんの命取りはその手癖の悪さですね、こないだも俺がトイレ行ってる間に柿ピーの柿の種だけ盗み食いしたでしょ」
トイレに行って帰ってきたら柿の種が全滅していた事件は記憶に新しい。遊輔は缶ビールを傾けしらばっくれていた。
「挙句お隣から脱走したハムスターに濡れ衣着せて、恥ずかしくないんですか」
しぶしぶ申し開きをする。
「沢山残ってっから苦手だと思ったんだよ、俺の分は食いきっちまったし」
「あげるなんて言ってません」
「悪いと思った、だからナッツと交換した。好きだろお前、フェアトレードだよ」
「ハムスターか何かと勘違いしてません?」
「元カノの飼いハムは鮭とばが好物で」
「晩酌に付き合わせるとか虐待ですよ」
「ああ見えて動物界一の酒豪だぜ奴ら、猪口一杯ぺろりといける」
「話のすり替えは記者の得意技ですね。ああすいません元記者でしたっけ」
「やめてねえ。干されただけ」
「未練たらたら」
「るっせ」
「占い師さんの言うとおり往生際悪いですね」
貴方の居場所は俺の隣しかない。
「柿ピーから柿の種抜いたらただのピーに成り下がります」
「ハムスターの名前思い出した」
「遊輔さんが付き合ってた女性ってハムスターを放送禁止用語で呼ぶんですか」
「クリちゃん」
「下ネタ……」
レンズ奥の目が嘲りを含み、根性悪な唇がねじ曲がる。
「ばーか、栗まんじゅうの略だよ」
頭に血が上る。
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