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第16話

遊輔が真顔に切り替わる。 「クスリ、前に使われたって言ったよな?」 「はい」 質問の意図が理解できず正直に答えれば、食い気味に突っ込まれた。 「なんで他人事みたいに話せんの」 「昔のことだし」 「他の奴にも?」 「俺が誰とどんなセックスしようが遊輔さんには関係ないでしょ。貴方には道具やクスリ使ったことないし、できるだけ丁寧に扱ってきました」 「手錠・目隠し・氷」 「子供のオモチャを大人のオモチャと同列に語らないでください」 「ハードSMもイケるクチかよ。ドラッグのリスク、当然わかってヤッてんだよな?」 黙ってればいいのに。 そうすれば気持ちよくなれるのに。 「インタビューの続きですか」 額に額を押し当てる。 「俺があの人と何したか、何されたか知りたいんですか。だったら教えてあげます」 胴を跨ぐ。 「知り合ったのは高校生の頃、あの人はバーテンとして働いてました。最初のうちはよかった。向こうも優しかったし、カクテルの作り方教えてもらえて楽しかった。おかしくなったのは同棲後しばらくしてから」 蜜月はすぐに終わった。何かがどうしようもなく狂い出した。気付いた時には手遅れだった。 「やたら俺のこと束縛したがって、出先にメールしてくるんです。既読無視するとすごい勢いで電話してきて、他の男や女と遊んでたろって決め付けられて、本当うんざりしました。ドラッグにハマってることも気付いてましたよ、一緒に暮らしてるんだからわからないわけないじゃないですか。合法だから心配いらないって本人笑ってました」 「脱法の間違いだろ」 「一番のお気に入りは大麻、煙草みたいに巻いて吹かすんです。俺も少し分けてもらいました、喫うとやなこと忘れられるって唆されて……すぐやめましたけどね、舌が馬鹿になっちゃバーテンとしてやってけない」 湊の執着の度合いは日毎に増していった。束縛が激しくなるのと比例し、薫に手を上げる頻度も増えた。 「でもね、バスタブに監禁されるとは思いませんでした」 伏せた顔に失笑が滲む。遊輔の顔が強張る。 「別れを切り出すタイミング間違えました。あの人はすごくキレて、俺をバスルームに引きずってって、ダクトテープで手足をぐるぐる巻きにした。次の日には鎖になった。一応気遣ってくれたのかな、留守の間はスマホで動画見せてくれました。チャンネル替えられないのが不便でしたけど」 「どれ位そこにいた?」 「ざっと一週間」 わざとらしく指折り数えてみせる。 遊輔が沈痛に黙り込む。 「反抗的なのが気に喰わなかったんでしょうね、たまにお仕置きされました」 「飯抜かれたのか」 試すように目を覗く。 「オモチャ付けて放置するんです、帰ってくるまで」 「……」 「残業の日もあったから長くて六時間とか七時間とか。幸い水だけは飲み放題だったんで飢え死にしないですみました。カランがシングルレバーで助かりました、鎖を巻かれた手でもハンドル押すだけで水が出た」 躁的な饒舌で続ける。 「ご機嫌損ねたらギャグや目隠しが加わりました。もっと悪い時は蓋閉められて、真っ暗で狭苦しいバスタブに何時間も閉じ込められました」 『いってきます。留守番よろしく』 粘膜を巻き返す機械の蠕動に絶えず苛まれ、バスタブの底に突っ伏す時間は苦痛だった。 「帰宅時に蓋が落ちてるとまたお仕置きされるから、頑張って耐えましたよ」 『太腿びちょびちょ。潮吹いたのか?』『一旦シャワーで流さなきゃ』 「どうやって逃げた」 「媚びたんです」 鎖が食い込んで痛い。見てよ、内出血。もうすこし緩めて……安心してよ、逃げたりしない。俺には貴方だけ、貴方しかいない。お願い捨てないで、これさえ取ってくれたらほら、もっと気持ちよくしてあげる。 「媚びるの得意なんで」 だますのも欺くのも。 「以来、彼とは会いませんでした。麻薬不法所持が原因の逮捕と脱出時期が被ったのも幸運でした、裁判出廷や保釈金用立てるのに忙しくて俺なんかに構ってらんなかったんだと思います、多分」 愚かな遊輔は知らない。湊が監禁に踏み切った動機に、他ならぬ自分が噛んでる事実を。 『別れてどうする、ユウスケって奴の所に行くのか』 『なんでその名前』 『寝言で呼んでたぞ。誰だよカザマツリユウスケって、お前の本命か?俺より好きなのか、愛してるのか』 風祭遊輔。 蓮見尊のフェイクニュースを書いた週刊リアルの記者、性倒錯者の父の支配から薫を解放してくれた人。 その名前だけは忘れまいと刻み付け、眠りに落ちる瞬間も心の中で唱えていた。 『隠れてこっそり会ってんだろ、馬鹿にしやがって!!』 隣でまどろむ薫の寝言を聞き、半年同棲を続けた恋人の裏切りを思い知った湊は、麻薬中毒進行に紐付く被害妄想で破綻した関係も仕事のミスも不安定な精神状態も全部まだ見ぬ間男と薫のせいにし、暴力と快楽で躾け直す選択をとった。 だから言った。 息絶え絶えになるまで嬲り抜かれ、水浸しのバスタブの底に丸まり凍える薫を見下ろし、『俺とユウスケどっちが好きだ』と自信満々聞いてきた湊に。薫を折檻し、真実を捻じ曲げようとした男に。 『アンタと比べるなんてユウスケさんに失礼だ』 「遊輔さん」 目の前にいる。さわれる。答えてくれる。それだけで満たされるはずなのに、もっともっと欲しくなる。 無個性な活字の署名を繰り返しなぞり、どんな人か想像した。堅苦しい字面から叩き上げの中年を予想したら、思いのほか若くて格好良くて驚いた。そこは軍艦マーチが爆音で掛かるパチンコ店で、遊輔は学生服の薫に気付かず、咥え煙草でパチンコ台に張り付いていた。 あの日からこの人が離れない。全部がこの人に埋め尽くされる。 「好きです」 好きだから。尊敬してるから。貴方に助けられる被害者じゃなくて、同じ目線で誰かを助ける人間になりたかった。 観覧車に逃げ込む人たちの為にゴンドラの扉を支え、彼等彼女等がステップで躓かぬように手助けしたかった。 佐々木まりえを。 間宮春人を。 俺一人貴方一人じゃ救いたくても救えなかった、だけど二人なら間に合うかもしれない、正義にそっぽ向かれた大勢を。 「俺の安心は|観覧車《ハリボテ》じゃなくて、貴方なんだ」

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