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第19話
「イケます?」
「風呂でさんざんやったじゃねえか」
「ずっと浸かってたらふやけちゃうでしょ。ナニがとは言いませんけど」
「言ってるじゃねえか」
「深読みは記者の職業病」
「元だし」
「違います」
目一杯強がっているものの、息が上がって苦しそうだ。火照った手を握り返し、ゆっくり頬に当てる。
「俺の中の遊輔さんは今も昔もずっと記者です。世の中の理不尽を憎んで戦ってきた、最高にかっこいい、憧れの週刊記者」
「売文屋を持ち上げすぎじゃねえか」
「チープな嘘で救われる人間もいるんです。昔の俺がそうでした、あの記事が出なきゃ父さんより先に死んでた」
気色ばんで体を起こす遊輔を制し、自嘲まじりの告白を言葉を紡ぐ。
「家出する勇気もなかった。逃げられると思えなかった」
母親。担任。スクールカウンセラー。異変に気付いた大人もいることはいた。皆父に丸め込まれ手を引いてしまった。蓮見薫はベテラン演技派俳優、観客を騙すのはお手の物。
個別に話を聞かれた所で、帰宅後に待ち受ける「お仕置き」を考えれば、父の所業を打ち明けるのは無理だった。
「母さんも先生もカウンセラーも、周りの大人たちが見て見ぬふりし続けた蓮見薫の本質を、世界でただ一人貴方だけが暴いてくれた。代わりに怒ってくれた」
細めた瞳が温む。
「それが俺の為じゃなくても、わかってくれる人がいて嬉しかった」
蓮見薫は未成年の子供を搾取する犯罪者だと、妻子を裏切り苦痛を与えた不実な男だと。
「俺が言いたくて言えなかったこと、何年も何年も腹にためこんできたこと、あの記事が代弁してくれた。だから……あんなのくだらないとか、ましてや最低だとか、貶めるのやめてください。読者に失礼ですよ」
吊り革掴んだサラリーマンが片手間に読み飛ばす記事でも、駅のクズ籠に突っ込んで忘れ去るケチな週刊誌でも。
「俺はね。遊輔さんのフェイクニュースに掬い上げられたんです」
指に指を絡めていく。
「貴方の記事に会うまで毎日死にたかった。自分がなんで生きてるかわからなかった」
記事を読んだ日から生きる目的ができた。風祭遊輔に会いに行き、相棒になる目標が薫を生かした。
「一回も会ったことないのに、記事を読むたびどんどん好きになりました。遊輔さんの署名記事はどんな小さい奴だって集めました、何回も読み込んで一字一句暗記しました。貴方に必要としてもらうためにできること全部やった、死ぬ気でハッキングの腕を磨いて社交スキル上げた、風祭遊輔の踏み台にしてもらうことだけが生き甲斐だった」
「エゴイストの偽善者って腐したくせに」
「思ってますよ、今でも」
遊輔の手をほどき、下方へと移動する。萎れたペニスを両手で支え、先端を含む。
「!いっ、」
「暴れないで。寝ててください」
陰茎に熱と血流が集まり、徐々に固くなり始める。上下の唇に引っ掛けるようにして亀頭を刺激、口腔の粘膜に包み、唾液のぬめりを広げていく。
「~~~~~~~~~~~~~~ッ」
咄嗟に閉じようとした膝をこじ開け、断続的に痙攣を起こす内腿を掴んで固定する。遊輔が口を押さえ声を殺す。
「っ、ふ」
ヒク付く裏筋を丁寧に舐め、鈴口にぷくりと膨らむ雫を啜る。
「裏筋が感じるって知ってますよ」
意地悪く囁いて咥え。
「ねえ遊輔さん、さっきゴンドラで……当たり障りないことしか聞かなかったの、なんでですか」
「ガキの色恋に興味ねえ、所詮はごっこで茶番だ。とっとと帰って寝てえから捲ったんだ」
諦念を帯びた微笑みが澄む。
「優しいですね」
初めてのキスや初体験の年齢をずけずけ聞く薫と対照的に、遊輔が投げた質問は好きな映画がどうとか好物はどうとか、毒にも薬にもならないものばかり。
この図太く厚かましい記者上がりの男が、核心を迂回する皮相な質問だけで済ませるのはおかしいと思っていた。
「俺の初めては全部父さんだから、ほじくり返したくなかったんだ」
キスやセックスは好きな人とすること、愛し合ってる者同士がすること。
嘘っぱちだ。
「同情して手心加えるとか、インタビュアー失格ですね」
「お前の身の上話は気分悪ィ。作り話みてえに安っぽくてネタになんねえ」
遊輔は変に真面目だ。普通に聞けばまずもってごまかすだろうに、インタビュー対象には職分を全うせんと努め、公平を期して過去の汚点をひけらかすことさえ厭わない。
そんな彼が遠慮した。余計な気を回し、どうでもいい質問をした。
「結構エグい質問したでしょ。やり返したくなりませんでした?」
「試し行動は見え透いてる」
「かなわないな」
甘美な郷愁を呼び起こすパープルのネオンに浸り、遊輔を凝視する。
「遊輔さんのフェイクニュースで自殺したのが父さんだけって、なんで断言できるんですか」
「……」
「調べたんですね」
意固地に黙秘を貫く遊輔に、確信を込めて聞き直す。
「炎上させた人たちのその後を一人一人調べ上げて、責任とろうとしたんですね」
「……殆どは門前払い。ツラ見たくねえって拒否られた」
「でしょうね」
「田舎に戻った元アイドル、精神科通いを続けるお笑い芸人、妻子に逃げられた実業家。会えるヤツには会って頭を下げた。土下座もした」
ああ、それで。
「許してもらえました?」
数日前、遊輔がスーツを汚して帰ってきた。本人はパチンコ帰りにこけたと言い訳していたが、背中にはでかでか靴跡が付き、眼鏡の弦は片方曲がっていた。
「唾吐かれた」
「やっぱり」
「喫茶店じゃ飲みもんぶっかけられた。アイスコーヒーでツイてたけどよ、ガムシロップでべとべとんなっちまってさすがに閉口。クリーニング代吹っ掛けりゃよかった」
「髪の毛から甘い匂いがした日のこと、よく覚えてますよ。同じシャンプー使ってるのに変だなって」
「だからキメエって」
まだある。まだまだある。薫に黙ってどこかに出掛け帰宅するや洗面所に籠もった夜も、最盛期の十分の一しか再生されない元アイドルの動画にいいねを押す指も、スクラップブックを読み返す険しい顔も。
本当はずっと前から、謝罪に行ってることに気付いていた。
「こないだ顔腫らして帰ってきた時も」
「当たり」
「酔っ払いと喧嘩したって嘘だったんだ」
括れを指でくくって絞り出し、こまやかに舌を這わす。
「薫もっ、それやめ、ッぁ」
「出そうですか」
「ガマンできね、っぐ」
「イッていいですよ」
カウパーの濁流が粘っこい糸を引き、唇と先端を繋ぐ。そろそろ頃合と見て体積の増した陰茎をしごき、射精を促す。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッぁあ」
口の中に満ちる青臭い味。胸郭が上下する体を裏返す。犬の交尾めいた後背位。熟れた局部と局部が密着し、またもや陰茎が鎌首もたげていく。
「薫っ、ぁ」
夢中でシーツを掻きむしり、悩ましげに腰をくねらす。
「ケツ、じれってえ、早く中っ、に」
切れ切れの懇願に被せ、精を搾り取られたペニスがピクピク勃ち上がっていく。
「切ねえんだよ、ふッく、ぬるくて、ん゛っん、ちっともィけねっ、ッあぁ」
熱が渦巻く下半身をシーツに擦り付け、発情した動物のように自らを慰める遊輔の媚態が、薫の理性を消し飛ばす。
「嫌だこんな、死ぬほど恥ずかしい、はッ、言わすな」
汗が伝い落ちる背筋。引き締まった背中。射精に至るには布で濾す刺激は弱すぎ、股ぐらに手を突っ込んでしごき立てる。
「一人じゃィけね、もっ欲し、お前っ、が」
「どうしてほしいんですか」
「突っ込んで、ぐちゃぐちゃに、さわって」
「具体的に」
「前立腺めちゃくちゃにぶっ叩いて、い゛ッぐ、串刺して、ぁッふ、揺すっ、て、クスリ回っ、腹ン中じんじんして、こんな半端ッ、で、お預け、ほったらかすな、ぁうっ、苦しいだけ、はぁ、パンパンに詰め物して、くれ、〜〜ッください」
シーツを巻き込んでよがり、ぽたぽた雫をたらす、赤剥けたペニスを擦り続ける。
「あっん゛ッ、ふぅぅっ」
涙袋が赤らむ顔は汗と涎でべとべとで、ねじ伏せられた痛々しさがそそる。
「えっろ」
後ろから覆いかぶさり、濡れまくった脚の間をまさぐる。
陰茎と会陰をぐちゅぐちゅ揉みこみ、大量のカウパーを掬いとり、ぱくぱく開閉するアナルにまぶしていく。
「壊れちゃいますよ」
「!」
泣いてせがむ遊輔の腰を腰を掴み、勢いよく怒張を挿入。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
括約筋の抵抗を感じる。息を止め圧迫感をやり過ごし、凄まじい勢いで前立腺をピストンする。
「あっ、あっ、ぁっあ、っあ」
抽送のリズムで激しく揺さぶり、塩を吹いたうなじを甘噛みし、囁く。
「遊輔さん、前」
「なっ、ん」
「鏡。映ってる」
ベッドを囲む鏡が薫に組み敷かれた男の痴態をまざまざ暴く。
遊輔の顔は涙と汗と洟汁と唾液がぐちゃぐちゃに混ざり合い、汚かった。
「……!」
背ける寸前、顎を掴んで固定する。
「俺に抱かれてるとこ、ちゃんと目に焼き付けて」
「離っ、せ」
「色んな体液でドロッドロに溶けたはしたない顔も」
頬に筋を彫った、塩辛い涙を舐め取る。
「ツンと尖った乳首も」
突起を摘まむ。
「鍛えた腹筋も」
鼠径部の上をなぞり。
「汗びっしょりの体も」
股間に手を潜らせ、赤黒い屹立を掴む。
「ここも」
嫌がって首を振るものの、薬のせいで本来の力が出ず興を添えるだけ。
「俺に抱かれてる時、こんな顔してるんですよ」
「~~~~~~~~~~~~~~!」
ずぷりと腰が沈む。
「ィく、ィくっから、腹ん中かきまぜんな」
涙。真っ赤な目。引き続き顔は固定したまま、尻に尻を叩き付ける。
抉り込む大胆さと的確さで腰を使い、前立腺の突起をゴリュッと押す。
「あっ、んっぐ、ぁっあ、っ゛ふっ、~~~~~んん゛っ」
大きく仰け反る遊輔に構わず、限界まで肥え太ったペニスが直腸を滑走する。
ゴリュゴリュ粘膜を巻き返し、体内の痙攣で絶頂の訪れを悟り、繋がったまま視線を落とす。
「一杯出ましたね」
ぱたぱたと精液が飛び散る。遊輔は薫の腕の中でぐったしてる。
「自分をオカズにしたんですか?すごい、あそこまで飛んでる」
正面の鏡に白濁が跳ねていた。遊輔の顔が悔しげに歪む。
それがまた劣情を焚き付け、体奥に精を放出する。
「もうでねえ、根元がじんじんする」
「ドライでイかせてあげますよ」
掠れた懇願を突っぱね、ずるずるとペニスを抜く。今度は薫が仰向け、遊輔に腹を跨せる。
「どうすればいいかわかりますよね」
「…………、」
薫は遊輔の弱味を掴んでる。故に逆らえない。
「土下座なんて要求しません。アイスコーヒーも掛けないし、背中を踏み付けたりしないって約束します。ただ上に乗っかって、気持ちよくしてくれればいいんです」
遊輔がげんなりする。
「マジで悪趣味」
「お互い様」
騎乗位の強制は男のプライドを挫く。暫く躊躇ったのち、注意深く腰を浮かす。薫のペニスに後ろ手を添え、そろそろ後孔に導いていく。
「瞑らないで」
おそるおそる薄目を開け、鏡が暴き立てた光景にぎょっとする。
「手と腰、止まってますよ」
膝を叩いて急かす。のろのろ動きが再開し、薫の胸板で汗が弾ける。
「ッ……は……」
眇めた目元が引き攣る。噛み締めた唇が切れ、真っ赤な血が滲む。
丸く膨らんだ亀頭が後孔に埋まり、陰茎の三分の一がずぷずぷ飲み込まれていく。
「動いて」
「ざけ、んな」
「降参?」
僅かに腰を上げ、下げ、上げ、下げ、奥歯を噛んで息む。
数センチ沈むと同時、腹筋が波打って全身が硬直。
「~~~~~っ、~~~~~!」
中を抉られる快感に悶絶。休み休み回復を待ち、忍耐強く腰を落としていく。
「あっン、ふぁ、っは」
薫を挟む膝が笑い、ビクンビクン体内が締まる。垂直に刺さったペニスがドクドク脈打ち、畳まれた襞と膜を巻き返し、通過点の前立腺を潰す。
「ふっ、ぁ」
「イッちゃいました?まだ入口ですよ、頑張って」
「……これ以上は……」
「ごねないで」
「デカすぎて入んねえんだよ、縮めろ!」
おもむろに腰を抱き、一気に突き上げる。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
前立腺に狙い定めて責め立て、入り口付近まで引いてから奥まで貫き、それを何度も繰り返し追い上げていく。
「ィった、イッたって」
「さっきからずっとイきっぱなしじゃないですか、そんなに騎乗位気に入ったんですか」
「お前っ、の、ゴリゴリ気持ち良くて、ぁっあ、そこいいっ、ンっあ、奥まで一杯、欲しい」
「戻れなくなりますよ」
「わかってる!」
「めちゃくちゃにしちゃっても?」
「してくれ、わけわかんねーくらいめちゃくちゃに」
全方位の鏡が体を重ねる二人を映す。まるで鏡の国。知らない場所に迷い込んでしまった不安と寂しさを、倒れてきた遊輔を抱き締めて溶かす。
「観覧車の中で言ったこと、あれ嘘です」
「どれだよ!?」
「死ねって言ったこと」
じゃあ死ねよ。
「責めさせて罰させて、一人だけ楽になろうとすんな」
遊輔が絶句する。
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