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第20話
きらきらしたものが好きだ。
寄せては返す波に円やかに削られたシーグラス、精緻なモザイク模様のトルコランプ、摩天楼に散りばめられたネオンの輝き。
キレイなものが好きだ。それに見たり触れたりしてる間は自分が汚いことを忘れていられる。
作り出す側に回れば報われる気がした。
贖える気がした。
あの夜父さんの背中を押した手で何かを作り誰かに与え、幸せにする義務を感じた。
どうせ作るならきらきらしたものがいい。人の口から喉を通って染み渡る、飲む宝石のようなカクテルがいい。
嘘っぱちでも紛いものでも俺が汚いこと束の間忘れさせてくれるなら、キレイな物をキレイと思えるマトモな人間と勘違いさせてくれるなら、魂だって売り渡す。
俺がバーテンやってるのは、キレイなものを作れる自分の値打ちに酔いたいからで。
遊輔さんに責任押し付けて父さん殺したことも他人のプライバシー暴いたことも全部全部シェイカーに閉じ込めて砕いて混ぜて溶かして濾して、最後の一滴まで余さずグラスに注いで美しいカクテルに仕上げれば許されるって、そうしてキレイで美味しい物を作り続けていれば神様みたいに都合いい誰かが俺のきらきらを「美味しい」って褒めて、汚らわしい秘密や過ちを全部飲み干してくれるって渇望みたいに信じたがってるからで。
だからきっと、俺のカクテルは罪深い味がする。
飲んだ人間を欺瞞の合成甘味料で染め上げる。
「インタビュー再開。好きな人は?」
「え?」
思考の隙間に入り込んだ声が薫を正気に戻す。遊輔は憔悴しきった様子で、されど目に譲らぬ力を込め、薫をかっきり見返す。
乾いた唇をなめ、答える。
「います」
「どこに」
「ここに」
「名前は」
「…………」
「答えらんねえの?」
重苦しい沈黙。安っぽいパープルに沈む部屋。羞恥に潤む目を伏せ、掠れ気味の声を絞りだす。
「……遊輔、さんです」
「呼び捨てしなかった?」
「言いがかりです」
真下に敷いた男が苦々しげに目を逸らし、呟く。
「あ~~……すっげえ不本意なんだが。今まで付き合ってきた奴ん中で一番長く同棲続いたのって、何を隠そうお前なんだわ」
「はい」
「お前といんのが一番ラクで……違うな……居心地よくて?ずるずる甘えちまうっていうか。実家のような安心感?じゃねえか、比べもんになんねえ」
珍しく迷い、歯切れ悪く黙り込む。
「可哀想なガキ見る目で見てたのは認める。親父の代わりになってやんなきゃって、心のどっかで思い上がってたのも認める。でもさ……観覧車連れてったのはさ、お前のことガキ扱いしたからじゃなくて。俺、が、その」
言い淀む頬に赤味がさす。
「生まれ育った街見下ろして、見返してえ気持ちも少しはあって。あそこ、初デートでカノジョと行った場所なんだ。ゴンドラん中は眺めが良くて、だんだん上がってくの楽しくて。観覧車がコーカスレースに似てんならランナーズハイでキマんのかもな。バカと煙は高え所が好きってことわざも当たり、バカんなった勢いで言いにくいことぶち撒けりゃ滑り倒しても笑い話にできる。そんなこすっからい打算が働いて、人生の節目になるような話する時、また来んぞって決めた」
「プロポーズとか?」
「そういうこともあるんじゃねえかって中坊の頃は妄想してた」
話がよくわからない方向に転がっていく。
「俺を観覧車に連れてった理由って?」
深々と息を吸い、決然と表情を引き締め、薫の目を直線で見据える。
「相棒になってくれ」
世界から音が消え、頭が真っ白になる。
「だってとっくに」
「店で大立ち回りした後、相棒になってくださいって頼んだの覚えてっか」
「忘れるはずありません」
あなたはとんでもないウソツキで、だからこそ俺の憧れです。咄嗟に利き腕を庇ったんだから、どんなにフェイクにまみれたってプライドは死んでませんよ。
「俺が、俺から相棒にしてくれってお願いしたんです。貴方と一緒にいたくて」
ずっとあなたの記事を集めて、追いかけて、見てたんです。むかし書いた事件現場に通って、黙祷を捧げて、どんどんダメになって、でもやっぱり足を運んで、何かをじっと願うあなたを。電車の網棚に置き忘れられたリアルを駅のクズ籠に突っこんで、ずんずん歩いていく背中を。
ゲスでクズなフェイクニュースの常習犯でも関係ない、記者としての風祭遊輔にまだ譲れないリアルがあるなら、ダークウェブに潜ってでも証拠を掴んできます。
「道具や物じゃねえのに使ってくださいっておかしいよな?だから、さ、仕切り直そうぜ。お前ナシじゃ詰むんだから、今度はこっちから言わせてくれ」
せっかちな瞬きで汗を追いやり、明け方に消えるネオンみたいに、ボロボロ嘘が剥がれた本音を明かす。
「お前と記事の子重ねちまって、救いたくて連れてった。そんな自己満も心の隅にあった。それがプライド傷付けたってんなら気ィ済むまで殴るか罵れ。変態親父にヤられ続けたことやビデオに撮られたことは同情してる、心底可哀想な奴だって思ってる」
率直な言葉が耳に届き、鼓動する心臓を掴む。
「で?俺は同情だけで誰かと一緒にいてやれるほどお人好しじゃねえし、ンな甘さが残ってりゃ元カノの泣き落としにほだされて身ィ固めてる。汚れ仕事で組む相手は慎重に選ぶ。昔はどうだか知らねえけどよ、今のお前は可哀想か?諸悪の根源の親父はもういねえ、蓮見薫改め富樫薫は自由、どこにでも行ける。にもかかわらず賞味期限切れの不幸にどっかり胡坐かいて、人様の同情タダ同然に買い叩こうって魂胆なら、世の中なめすぎ。今日一日あっちこっち見て回って、パンダ四十八手の冗談みてえなペアマグ買って、子供だましの手相占いに無理矢理付き合わせて、観覧車ん中でいちゃいちゃしまくって、死ぬほど週末楽しんだ分際でま~~だご不満?」
昼の光を反射しきらきら光る陶器の破片、店と店の間に伸びたモザイク状の路地。ゴンドラの窓から望む湾岸のネオン、風に飛ばされ空の彼方に舞い上がる赤い風船。
呆然とする薫の頭を手探りするようにかき抱き、冗談に本気の成分を交えて茶化す。
「人のことわけわかんなくなるまで抱き潰しといて、幸せじゃねえとかぬかすな」
この人は観覧車が好きなんだ。好きな人に好きなものを見せ、好きな場所に連れて行きたかっただけ。
「横浜湾、きらきら光ってキレイだったろ。ウチのマンションも高ェけど、さすがに海まで見えねえもんな。ハーバービューしょってりゃ素面じゃ言えねえ臭え台詞もすらすら出てきそうだし」
きらきら光るものが好きだ。惨めさをごまかせるから。卑しさが拭えるから。汚さを忘れられるから。この世界もまんざら悪くない、捨てたもんじゃないと思えるから。
薫の後頭部を包容力を備えた大きな手で包み、達観と自虐を織り交ぜて口角を上げる。
「俺もメリーゴーランドの記者と同じ、貧しい発想しかできねえ安い人間。大事な話にお誂え向きの場所考えて、パッと浮かんだのが観覧車」
「初デートの再現?」
「夜っぴき働き詰めのバーテンさんは明るい海ご無沙汰だよな?日ィ沈む前に間に合って良かった」
「昼間の海は爽やかすぎて似合いませんよ、俺に。蛾が死んでるネオン街の方が落ち着きます」
薫が吐いた台詞に真顔で唇を引き結び、手櫛を翻し、パープルのネオンがすべる髪を梳く。
「見とれた」
視線に視線を絡め、耳たぶの穴を指で塞ぐ。
「窓から射した日が輪郭縁取って、茶色っぽい髪とピアスがきらきらして、キレイだった」
砕け散ってなお光るもの。地べたで踏み躙られ、なお輝きを失わないもの。
回る回るコーカスレース 同じ所をぐるぐると。
「遊輔さんて本当……狡いです」
「何で?」
「自分の好きな所連れてって自分の好きなもの見せて、自分のやりたいことばっかじゃないですか」
「他人の頭ん中考えるだけ無駄」
「かもしれないけど」
「俺たちが喋ってんの閉店後のバーとか駐車場の車ん中とか毎度毎度薄暗えトコばっかじゃん、日があるうちにお互い顔見て話したかったんだよ。誰かさんがはしゃいだせいで予定押したなァ誤算だったが」
「~~じゃあインタビューごっこで時間潰さないでさっさと本題入ってくださいよ、なんで後出しするんですか!?」
「『好きな場所は?』って聞かれたら言おうと思ったんだよドっぱずし空振り野郎!」
「素人に無茶振りやめてください遊輔さんが聞いてほしがってることなんてわかりませんていうか絶対競馬場とか競艇場とか返ってくると思ってその質問避けてたんですよ!」
「ツマんねえ先入観で決め付けんじゃねえぞ、俺の相棒名乗んなら視野広く持てよ!」
「そもそも『好きな場所は?』『観覧車』で会話終了であと続かないでしょ!」
「わざわざ横浜くんだりに足伸ばしてガラでもねえ観覧車乗ったんだ、『あ~大事な話があるんだ』『俺はこの人の特別なんだな』って醸し出す空気でわかんだろ!?」
同時に吹き出す。
「はは、は」
「ははははははははは」
深い部分で繋がったままじゃれあうように笑い続け、こめかみに惜しみないキスを落とす。
「俺、遊輔さんの特別ですか?」
「……二度は言わねえ」
幸せすぎて怖い位だ。今死んでも悔いはない。額と頬と唇と顎にキスし、顔中濡らす塩辛い汗をなめ、勢いを得て腰を動かす。
「あっ、ふ、ンぐっ、ぁ、ぁあっ」
遊輔が喘ぎ声を張り上げる。繰り返し唇と体を重ね、お互いを隅々まで貪り尽くす。
「返事っ、まだっ、聞いてねえぞ!?」
「後で言います」
今は集中したい、身も心も味わいたい。再び正常位に戻って向き合い、深く深く貫く。
「ッあ、あっァ、そこ」
「感じますか」
「すげっ、すご、ドクドク言って、体中心臓になったみてえ」
「語彙力」
濡れ髪がばらける。快感で顔が歪む。汗で湿った手を握り、額に額を当て、苦しげに喘ぐ唇を塞ぐ。
「また波っ、ぁっあッ、すげえのくる」
抽挿のリズムでベッドが軋み、呂律が回らない口で遊輔が訴え、薫と繋がった腰を跳ね上げる。薫は遊輔を抱き締め、うねる体奥に大量の精を放った。
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