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第37話・変なのは
シートベルトを外していた藤ヶ谷が、パッと明るい顔を上げた。
杉野は唇を閉ざして真っ直ぐに視線をよこし、続く言葉を待っている。
藤ヶ谷は照れ臭そうに頬を染め、まだハンドルを握っていた杉野の左手を取って両手で握りしめた。
暖房が効いているせいか、大きな手は想像よりも温かい。
「お前が好きな子のことを大事にしてるみたいに、相手を愛したり甘やかしたりするのに年齢関係ないよなって」
杉野の表情が一気に冷め、右手で目元を覆ってしまう。
「そこの誤解だけでも解かせてください……」
ガックリと肩を下げてしまった杉野の言葉が耳に入らないまま、藤ヶ谷の口は止まらない。
目の前にいる杉野とそっくりな優一朗のことを改めて思い出し、良いところを並べていく。
「優一朗さんは歳が近いけど、一応1歳年上だし! しっかりしてるし優しいし! 何よりやっぱり匂いが安心する!」
「あっそ」
繋いだ手をブンブンと勢いよく振る藤ヶ谷に好きにさせながら、杉野は遠い目をしていた。
杉野の反応の薄さは想定内ではあるのだが、今回の相手はパートナーのいるおじさまではない上に杉野も認めるアルファだ。
応援してもらえると思っていた藤ヶ谷は唇をへの字に曲げる。
「なんだよー。もし上手くいったら俺はお前の兄さんだぞ。もっとよろこ……っ」
「嫌です」
突如、杉野の形相が変わる。
強く手を握り返され、強い力で運転席の方に引き寄せられた。
藤ヶ谷は杉野の膝に手をついて、眉を寄せた顔を見つめる。
2人きりの時に稀に見せる必死の表情が近づき、胸が小さく跳ねた。
杉野は重々しく、熱の籠った声で言葉を紡ぐ。
「藤ヶ谷さんが兄さんなんて、嫌です」
「杉野?」
「ずっと言いたかったんです。俺の」
真剣そのものの杉野の言葉を嘲るように、有名なアニメソングの少し間の抜けた着信音が車内に響く。
慌てて藤ヶ谷はポケットに手を突っ込んで画面を確認した。
「あ! 優一朗さんからだ!」
「ちっ」
杉野の舌打ちは珍しく藤ヶ谷の耳にも届いていたが、遠慮することなく電話に出ることにする。
どこか、ホッとしている自分に内心首を傾げた。
車のドアに手を掛けて、狭い車内で杉野に手を振る。
「ありがとなー!また月曜日に会社で!」
何事もなかったかのように笑って車を出ると、杉野も軽く手を上げてくれた。
通話ボタンを押せば、先ほどまで間近で聞いていたのとそっくりな声が耳に入ってくる。
(……最近、杉野がなんか……なんか変だな)
早鐘のように鳴る心臓を右手で押さえる。
優一朗と会話をしながらも、ずっと頭には杉野がいた。
(いや、変なの、俺かな)
電話の内容は「仕事で明日は都合が悪くなった」という残念な知らせだったというのに、藤ヶ谷は全く落ち込むことはなく。
杉野の表情や声を思い出しては、百面相していた。
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