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第55話・初詣

 冷たく澄んだ空気、空は青い。  目の前には巨大な朱色の鳥居。  すぐ近くに見えているのに、そこに辿り着くまでに人がひしめき合っていた。  様々な人が楽しげに喋りながら、砂利をゆっくりと踏む音が散らばっている。  今日は1月1日、新年を迎えた朝。  隣を歩く杉野が水筒の蓋を渡してくれる。 「準備いいなー」  香ばしい液体からは白い湯気が立ち上っていて、顔を近づけると温かくて冷たくなった頬が綻ぶ。  藤ヶ谷は息を吹きかけながら口をつけた。  喉から胸にかけて熱いものが流れ込み体がポカポカする心地だ。  ゆっくりと味わっている藤ヶ谷を見て、杉野は優しく目を細めた。 「元旦の神社は混みますからね」  駅から神社に来るまでの道も大行列が出来ていて、自動販売機に辿り着くのも大変な状態だった。  初詣などする習慣がない藤ヶ谷には予想出来なかっため助かっている。  杉野は「恋愛が上手くいかない」と嘆く藤ヶ谷のために、わざわざ恋愛成就の神社を調べて連れてきてくれた。  実際には杉野も神に縋るような気持ちであったのだが、藤ヶ谷の知るところではない。  また、近くに有名なぜんざいの店があるから後で行こうと誘ってくれるなど、下調べが完璧だ。 (自分は甘いもの、食べないのに。俺の、ためだよな)  献身的すぎる杉野を、藤ヶ谷は素直に嬉しく感じる。  杉野に対する気持ちに気がついてからは、何故自分は今まで杉野を好きにならなかったのかと不思議に思う日々だ。 (おじ様しか見えてなかったからだけど……なんか勿体無いな)  チラリと横顔を盗み見ようとすると、藤ヶ谷を見つめたままだった杉野と視線が合って慌てて逸らす。 (なんか最近、目がよく合うんだよなー!俺が見てんのがバレてて不審がられてんのかな)  藤ヶ谷はその都度、胸が大きく跳ねてしまう。  が、杉野が藤ヶ谷を見ているのは元々だということには気がついていない。 「寒かったから助かった。ありがとうな」  落ち着かず、何か話さねばという気持ちで空っぽにした水筒の蓋を返す。  受け取った杉野はじっと藤ヶ谷の服装に目を落とした。  そして、開けっぱなしのダッフルコートの合わせ目に触れてくる。 「コートの前、閉めないと寒いでしょ」 「えあ、うん。でも……」  藤ヶ谷も自分の格好を見下ろして言い淀む。  丈が長めの、灰色のハイネックセーター。  クリスマス前に杉野に選んでもらったものだった。  購入の際に杉野が「似合う」と言っていたのを思い出し、見てもらいたくて着てきたのだ。  コートの前を閉じると見えなくなってしまう。  クリスマス当日にホテルで見せていたが、藤ヶ谷の心持ちが今と全然違った。 「?」  しかしそんなことを伝えられるはずもなく、ただセーターを握り締める藤ヶ谷に杉野は首を傾げた。

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