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第56話・バカ!

 藤ヶ谷はなんとか杉野が「自分が選んだものだ」とだけでも気づいてくれないものかと頭を巡らせる。  結局コートの前は閉めないまま、いつの間にか鳥居を通過した。 「そういえばそのセーター」 「あ、ああ!」  セーターへの興味を無くさなかった杉野が、真面目な顔で頭を下げてきた。  何事かと藤ヶ谷は身構える。 「兄さんじゃなくて普通に俺の好みで選んでましたすみません」 「ば、バカお前……バカ!」  予想だにしない謝罪内容を聞いて、藤ヶ谷は子供のような語彙を吐き出しながらバシンっと下げられた頭を叩く。  鼓動が早くなり、顔はみるみる内に真っ赤に染まってしまう。  とても見せられないと、マフラーに顔を埋める。 「そこまで怒らなくても」  藤ヶ谷の心の内など知らない杉野は、唇をへの字に曲げて叩かれた部分に手をやる。  嫌がられていると感じているのか、大きなため息を吐いた。  杉野の様子を気にしている場合ではない藤ヶ谷は、マフラーの中でひたすら顔の熱を収めようと努める。 (杉野こういうのがいいのか……って、ダメダメ! 杉野には好きな人が! 今日、俺に付き合わせてるのだって申し訳ねぇのに!)  心の中で、杉野に良く見てもらいたい自分と迷惑をかけたくない自分がせめぎ合い、藤ヶ谷は葛藤する。  マフラーで視界が狭まる中で足を動かしていると、砂利に蹴つまずいてしまった。 「わ……っ」  ぐらりと体が傾むいて思わず杉野のコートを掴む。  すると、すぐさま肩を抱き寄せられて支えられた。 (諦めようと思ったけどこんなの無理!好き!)   見上げると、彫りの深い整った顔が視界に広がった。  ここぞとばかりに広い肩に頭を寄せるものの、恥ずかしくなってすぐに離れようとする。  だが、肩を抱く手の力は緩まない。 「あ、ありがとな」 「いえ。気をつけてください」 「も、大丈夫だから」 「そうですか」  離してくれという意図が伝わっていないのか、淡々とした返事だけが返ってくる。  そのまま体が密着したまま歩く羽目になった。 「そういや! 合コンのことだけどっ」  緊張を誤魔化すために関係ない話題を出す。  前に合コンでもしないかと誘ったまま、話は進展していなかった。  しかしよく考えれば、杉野が他のオメガと話すのを見るのは嫌だ。  それに好きな人がいるのに、真面目な杉野を参加させるのは罪悪感があった。  だから、無しにするか杉野は来なくて良いと伝えるつもりだったのだが。 「ああ、大丈夫ですよ。何人か心当たりあるし俺も参加します」 「そっかーありがとなー」  意外と乗り気そうな言葉に、棒読みで返事をすることになってしまった。  藤ヶ谷は、 「杉野をスッキリ諦めて、合コンでいい人に出会えますように」  と、神様に願った。

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