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第57話・チャンスある?

「何を願ったんだ?」  初詣用に何本が増やされた鈴緒を引いて手を合わせた後、階段を降りながら杉野に聞いてみた。  手摺が遠かったため、傾斜が急で凹凸のある石階段の足元を見て慎重になる。  すると、危なげなく降りている杉野に手を握られた。 (ひぇえ)  そのさりげない行為に、藤ヶ谷は飛び上がりそうになった。逆に転げ落ちそうなほどに動揺して体が揺らぎ、強く握り返す。  藤ヶ谷の叫び声を上げそうな心中など知る由もない杉野は、通常通りのポーカーフェイスだ。 「好きな人にちゃんと気持ちを伝えられますようにって」 「伝えてないのか!?」  まさかモテモテの人生を送ってきたはずの杉野が告白していないとは。  意外すぎる言葉に藤ヶ谷は食い付く。  興奮のあまり声が大きくなってしまい、周囲が振り返った。  慌てて口元を閉ざして無意味に体を小さくする藤ヶ谷に、杉野はため息を吐く。 「どうもうまくいかず」 「じゃあまだ片想いなのか」 「なんで嬉しそうなんですか」 「別にー」  自然と口元が緩んでしまっていたらしい。  いじけたような顔をしている杉野には申し訳ないが、感情に素直な藤ヶ谷の表情筋は引き締めることが難しかった。  真面目な杉野が番になって放っておくわけがない。  まだ恋人にもなっていない、ということはおそらく番にもなっていないだろう。 (だから俺に付き合えるんだ)  もしも杉野の好きな人というのが「運命の番」であれば、両思いになるのは時間の問題だろう。  なにより、杉野に好きな人がいるという事実は変わらない。  だが好きになった相手に「揺るがないパートナーがいない」という状況は、どうしても嬉しく感じた。  これまで藤ヶ谷が好きになった相手は、どう足掻いても両思いになる希望が持てなかった。  藤ヶ谷に心を動かされ声をかけてくれるおじ様ですら、口を揃えて「愛人に」としか言わなかったのだから。 (相手が運命の番って決まったわけでもないし、これは万が一くらいは俺にもチャンスが)  階段を降りてもすぐには離れない過保護な手に、少し期待してしまう。 「それで、俺の好きな人っていうのは……待ってください」 「どうした?」  何かを言いかけていた杉野が、突然立ち止まった。かと思うと、藤ヶ谷の頸に鼻を寄せてきた。  青いカラーの上から息が掛かり、背中がゾクゾクと震える。 「な、なな何!?」 「あ、違う」  逃げはせずに声を上げると、どこかホッとしたような声を出して杉野が離れていった。  なんの説明も受けていない藤ヶ谷は、空いている手で杉野のダウンコートを掴んで問い詰める。 「何が!?」

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