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第64話・大好きじゃん

 改めて杉野と2人になった時、藤ヶ谷の頭の中で山吹の言葉が回る。 (で、デートなのかこれ。とか聞けない)  10代の子どものように「デート」という単語を意識してしまい、歩き出してからは不自然に黙り込む。  何か話さなければと、頭に浮かんだことをとにかく口に出した。 「さっきのオメガの子、かわいかったな」  言ってしまってからすぐに話題を間違えたと気がついたが、音声は取り消せない。  仕方なく杉野の反応を伺うことにする。 「外見ですか?それならそうですね」  心のこもってなさそうな淡々とした声だったが、頷かれてしまった。  藤ヶ谷は改めて先ほどのオメガの容姿を思い出す。  オメガらしく小柄で肩幅は狭く、色白で声も高めな中性的な人だった。  藤ヶ谷は自分を見下ろす。  オメガ学校では男らしいと言われてきた体は、コンプレックスどころか嬉しく思う事もあったが。  今は杉野の好みの方が気になって、セーターの裾をギュッと掴む。 「杉野の好きな人も、ああいう小柄で可愛らしい感じか?」 「タイプは違います。でもあんな人は足元にも及ばないほどかわいいです。特に中身が」  真っ直ぐと藤ヶ谷を見つめて強く言い切る杉野に、胸の奥がじわじわと苦しくなってくる。  素敵なおじ様たちに番がいると判明したとしても「そりゃそうか」と思うだけで、嫉妬などしたことがなかった藤ヶ谷には初めての感情だった。  震える唇をなんとか笑みの形にする。 「大好きじゃん」 「大好きです」  黒い瞳と深い声に射抜かれて、まるで自分が告白されているかのような錯覚に陥る。  早とちりして高鳴る鼓動を落ち着けようとしながら、無理矢理視線を地面に落とした。 (無理だ。勝ち目がない)  やはり諦めるしかないのだと気持ちが沈んでいく。  だが、山吹の言う通り。  相手が運命の番でなければ、挽回のチャンスがあるかもしれない。  藤ヶ谷はアスファルトを踏む足へと声を落とす。 「なぁ、杉野の好きな人ってさ。もしかして」 「はい」 「運命の番、だったりする?」 「……そのはずです」  何故かはっきりとは答えなかったが、元々「運命などない」と言っていた杉野が頷いた。  つまり、ほぼ確定しているということなのだろう。  鈍器で頭からペシャンコにされたようなショックで、藤ヶ谷は泣きそうになるのを懸命に耐える。 「そっかぁ」 「それで、藤ヶ谷さん。俺の好きな人の話ですけど」 「なぁ杉野杉野! ぜんざいの店ってあそこか?」  杉野が話の続きをしてくれようとしたのを敢えて明るい声で遮る。  自分が始めた話だったが、あまりにも惨めでもう聞きたくなかった。  指差した店はこぢんまりとした瓦屋根の店で、外で食べるスタイルのようだ。赤い布のかかった長方形の椅子にお椀を持った人々が座って談笑しているのが見える。  そして店の前には長蛇の列が出来ていた。 「そうですね」  無理に話を続けようとはしなかった杉野にホッとしながら、藤ヶ谷は頭を甘味を楽しみにする方向へ切り替えようとする。 「すごい行列だな! 夜に調べたんだけど、店主さんがすっげぇ素敵なおじ様みたいでさー」 「あの店やめましょうか」 「なんで!?」  突如方向転換しようした杉野をなんとか引き留め、藤ヶ谷は無事にぜんざいにありつくことが出来た。  店主のおじ様はベータだったが、藤ヶ谷は眼福だと目尻を下げた。  そんな藤ヶ谷に向ける杉野の視線は、完全にスルーされるのだった。

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