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第67話・独り
(やべ……なんか頭がグラグラする)
満腹感で寝てしまった昼休みが終わり、デスクに戻ろうと廊下を歩いていた藤ヶ谷は額を抑えていた。
中途半端に眠ったからか、頭痛と眩暈がする。
真っ直ぐに歩くことができずにふらついていると、前から来た誰かにぶつかってしまった。
「わ……!」
「……っと、大丈夫か藤ヶ谷」
「部長! すみません!」
声だけで相手を判定して慌てて頭を下げる。それから姿を確認すると、予想通り八重樫がいた。
ぶつかるまでその存在に気が付かないとは、一生の不覚だ。
普段なら自分から気付いて声をかけると言うのに。
「顔色が悪いぞ」
眉を寄せて顔を覗き込まれた藤ヶ谷は、真っ青な顔をしながらも笑って手を左右に振った。
「大丈夫です寝てたから立ちくら、み……」
「おい!」
言葉や心とは裏腹に体がぐらりと傾く。
すぐに八重樫に抱き止められたが、そのまま足から力が抜けて崩れ落ちた。
(き、気持ち悪い……っ)
周囲がぐるぐると回転し、吐き気が込み上げてくる。
何も言わずに手で口を覆って動けなくなった藤ヶ谷の体が、ふわりと浮いた。
八重樫に抱き上げられたと認識したときには、もう「部長にお姫様抱っこされてる!」などと興奮する気力もなかった。
◆
八重樫は医務室まで移動し、藤ヶ谷をベッドに寝かせてくれた。
ネクタイを緩め、ボタンも一つ外してくれる。
カラーも緩めた方が楽であったが、アルファの八重樫にそこまでは頼めずそのままになった。
ベッド1つとデスクしかない白を基調とした小さな部屋。産業医は週一でしか来ないため今日もいない。
八重樫はベッドの横の椅子に座って、青白い顔をして力無く横たわる藤ヶ谷を見下ろす。
「家に帰りなさい」
「ご迷惑をおかけして、すみません」
申し訳なさそうに掛け布団を口元まで引き上げて顔を隠す藤ヶ谷に、深く優しい声と表情の八重樫が首を振る。
サラリと乾いた手が、汗ばむ額に子どもを慈しむように触れた。
「迷惑なんて思ってないさ。でも、そんなに無理をしては」
「ヒート中、独りで過ごすの、辛いんです」
包み込むような安心感で、本音が溢れてしまう。
言葉にした瞬間、ツンと鼻が痛くなり、長いまつ毛に囲まれた目にじわりと涙が滲んできた。
「前は、平気だったのに……っ」
以前「慣れてるから大丈夫!」と八重樫に言ったことがある。あれは本音だった。
たった三ヶ月で、藤ヶ谷のヒート中の心が別人のように変わったのだ。
黙って話を聞いてくれる八重樫の手を、藤ヶ谷は両手で握り締める。震える唇から、常の溌剌とした藤ヶ谷からは想像の出来ないか細い声をだした。
「部長、俺を番にしてください」
涙でぼやけて見える八重樫が、目を見張るのが分かる。
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