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第71話・友人(杉野目線)

 狭い車内で、運転席に座る山吹の明るい笑い声が響いた。 「まさかちゃんと告白してもスルーされるとはな!」  ハンドルを握っているというのに、躊躇なく肩を震わせ口を開けて笑う山吹。  助手席の杉野は腕を組んでフロントガラスを睨みつけた。 「うるさい。ヒート中に言った俺のミスだ」  窓の外が暗い、花の金曜日。  一人暮らしをしている山吹に、仕事が終わったら家で飲もうと誘われていたのだ。  山吹が車で迎えにきてくれたので、今日の藤ヶ谷との出来事を話したのだが。  舌打ちしたくなるほどの大爆笑だった。 「しかもそこまでやって何もない!」 「藤ヶ谷さんの顔見てないからそんな笑えるんだ」  他人事のためいつも楽しげに根掘り葉掘りと藤ヶ谷のことを聞いてくるが、結局笑われて話が終わる。  もう慣れてしまっているのだが、今日の杉野はいつも以上に不機嫌だった。 「相手は誰だよ」  八重樫に好きな人について話していた藤ヶ谷。  相手の名前は聞こえなかったが、片想いなのに泣くほど好きらしい。 (忘れるために番になってくれなんて……絶対に言う人じゃないのに)  体調不良のせいもあったのだろうが、あまりにも弱々しい声と表情を思い出す。  甘やかしたい気持ちと嗜虐心の両方が煽られて。  更に姿の見えない『藤ヶ谷の片想い相手』に対する嫉妬心も煮えたぎり。  ずっと我慢していたものが爆発しそうだった。  カッとなって押し倒した瞬間だけは、本当に我を忘れていた。  あの時の恐怖に揺れる瞳を思い出して額を抑える。  杉野の深刻な様子を横目で見て笑いを収め、山吹は懐からタバコを出した。 「優一朗さんじゃねぇの?」 「兄さんの恋人は運命の番じゃねぇよ」  杉野は扉の外で聞いた藤ヶ谷の言葉を思い出しながらはっきりと否定した。  兄である優一朗は、クリスマスに皐と無事に結ばれた。しかし、皐はベータである。  元々ふたりは両思いだった。  もしも運命の番だったなら、とっくにつきあっていたはずだ。藤ヶ谷と優一朗は出逢うこともなかっただろう。 『あいつには運命の番がいて』  藤ヶ谷の口ぶりからすると、いつもの「おじ様」でもなさそうだ。  そうなると全く見当がつかなかった。    山吹が咥えているタバコに、杉野はライターを向けて火を付ける。 「お前は……絶対違うか」 「失礼な」  苦笑している山吹は年齢はさることながら、例え好みの相手であっても浮気をすれば「幻滅だ」と言い放つ藤ヶ谷の好みとはかけ離れた遊び人だ。 「ま、違うよ。運命なんて会った事ないし、こないだ藤ヶ谷さんに恋愛相談されたとこだし」  上品な香りの煙を吐きながらサラリと言う山吹に、杉野の眉間の皺は深くなるばかりだ。  藤ヶ谷は初詣の際、山吹にも「運命の番がいる人を好きになってしまった」と相談していたという。  そんな話、杉野は寝耳に水だった。  クリスマスに優一朗に失恋してから元旦までという短い間に、一体何があったと言うのか。  仕事で忙しい年末年始を共に過ごしていたというのに、全く分からないことが悔しくてならなかった。 「なんでお前には相談して俺にはないんだよ」  イライラと吐き捨てる杉野を見て、山吹は小さく息を吐いた。  煙が少しだけ開いた窓に吸い込まれていく。  山吹は信号が赤く光るのを見つめながら、ハンドルに両腕を置いた。 「お前さぁ、ずっと好きだけど全然脈ないんだろ?」 「悪かったなしつこくて」  改めて言われると、2年近く片想いを続けている自分の執念深さに呆れてしまう。  しかし杉野自身にもどうしようもないことなのだ。  ちょっとした言葉や表情、仕草にこれほど心を乱される相手に出会ったことが今までにないのだから。 「気持ちは分かるけどさ、辛いだろ」 「別に、慣れたから」  不貞腐れたような顔になった杉野に、山吹の声のトーンが下がる。  普段の軽く爽やかな雰囲気はなりを潜め、真面目な空気を纏った。 「もう諦めて俺にしろよ」 「山吹?」  ずっと前の車の光を見つめて藤ヶ谷のことを考えていた杉野は、運転席へと顔を向けた。  友人が、何を言い始めたのかを理解するのに時間を要する。  しかし杉野が脳内処理を終わらせる前に、山吹は目を細めて柔らかく微笑んだ。 「好きだ」 「え」  杉野が目を見開いた瞬間、軽快な着信音が響き渡る。  藤ヶ谷専用のその音楽を聴いた杉野は、反射的にに通話ボタンを押した。  山吹は電話に出た杉野を特に咎めることもなく、信号の色を見て車を再発進させた。

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