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第73話・どこを?※受け自慰※
藤ヶ谷はベッドの中にうつ伏せで丸まっていた。
ズボンや下着はベッドの下に落とし、脱ぐのがまどろっこしかったワイシャツのみを着た状態で。
掛け布団を被り、杉野が貸してくれたハンカチを熱った顔に当ててずっと吸っている。
自分の息遣いと淫らな水音が暗く狭い空間に篭る。
体が熱く鼓動も早い。
恋人がおらず、かといって適当な相手を見つけることもプロに相手を頼むこともしない藤ヶ谷はただ独りで耐えるしかなかった。
抑制剤が切れてしまった身体を持て余し、濡れる後孔に自分の指を挿れて慰める。
「んっ……ぁ、すぎの……っ」
すぐに洗濯機に投げ込んで洗って返すつもりだったハンカチは、もう藤ヶ谷の唾液や涙でぐちょぐちょだった。
最早、杉野のフェロモンなど消えてしまっているだろに、これが「杉野のものだ」と思うだけで体は浅ましく興奮する。
恋人でもなんでもない相手のフェロモンを嗅ぐ罪悪感もなくなるほど、藤ヶ谷は乱れていた。
『俺がボタンを外して、服を脱がせて、直接触って……』
昼間、耳に直接吹き込まれた言葉を思い出す。
感じた筈の恐怖など、最早記憶の彼方だった。
杉野は、どこを触ってくれるだろう。
どんな風に触ってくれるのだろう。
『藤ヶ谷さんは、どこを触って欲しいですか?』
「ゃ、ぁんっ……ここと、ここと……」
頭の中で微笑んでくれる杉野は、自分の妄想だと分かっていても止まれない。
ハンカチを枕に置いて口元にあてがったまま、藤ヶ谷は自分しか触れることのない赤く熟れた胸の突起を指先で摘む。
頭を撫でてくれる杉野の長い指先を思いながらふにふにと弄り、背筋に伝う快感に甘い息を吐いた。
後孔も自分の良いところを把握している。挿入している2本の指で掻き回し、柔らかいナカの同じ場所を何度も擦り上げた。
「……ぅ、も、イ……っ」
喉を反らせて息を詰める。
体を痙攣させ何度目か分からない絶頂を迎えたとき、着信音が鳴った。
「……ぁ……だれ……」
藤ヶ谷は肩で呼吸しながらも、怠い腕を上げて画面を確認した。
「え、嘘だろ……」
そこには、求めてやまない名前が表示される。
達したばかりでぼんやりとしている頭では、今電話に出たらどうなるかなど考えられずに通話ボタンを押した。
「すぎ、の?」
「藤ヶ谷さん、動けそうですか?」
「んっ……なん、とか……」
電話口から杉野の声が聞こえてくる。
機械を通してだと分かりにくいが、藤ヶ谷を心配して気を遣ってくれている時の声色だ。
声を聞いただけでヒート中の体の奥が喜び、熱を発して間もないのに中心が震え始める。
「差し入れ持ってきたんで玄関に置いときます。他の人が来ないように見てるんで、出来れば今取りにきてください」
(杉野が、きてる……っ)
藤ヶ谷は返事をするのも忘れて、スマートホンを投げ出した。皺の出来たワイシャツのみの状態でベッドから飛び降りる。
ワンルームの部屋の廊下を走り、すぐに玄関まで辿り着いた。
おぼつかない手でチェーンや鍵を開けると、自分の姿など考えもせずに勢いよくドアを開ける。
が、何かが引っ掛かって少ししかドアが開けられなかった。冷たい空気だけが少し開いた扉の隙間から入ってくる。
不審に思って顔を出すと、足元に一泊分のボストンバッグが置いてあった。
一目で中身が詰まっていることが分かるほどパンパンなそれを見て、藤ヶ谷は思い出す。
熱に浮かされて杉野に電話をかけてしまったことを。
血の気が引く音が聞こえる気がするほど、記憶がクリアになっていく。
(ゆ、夢じゃなかったのかあれ……!)
あの時は電話の最中に正気に戻った藤ヶ谷だったが、すぐに熱の波がきて夢現になってしまっていた。
だが、何も言わないのに杉野が来るはずはない。
現実にやらかしてしまったのだと頭を抱える。
それと共に、わざわざ来てくれた好きな人の優しさに胸がざわめいた。
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