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第96話・ごめん★
杉野は無言だった。
呼吸が止まったかの様に音も無く、何も反応しなかった。
羞恥心に耐えられずに瞼を落としている藤ヶ谷は、今更引くことも出来ずに待つしかない。
体感時間は永遠に感じたが、おそらく数十秒後。
何か動く気配はあるものの、一切触れられることはなく。
藤ヶ谷が、
「ここまでやってんだからせめて何か言え!」
とキレかけた頃。
なんの声掛けもなく、指の長い両手が双丘を鷲掴んだ。
「っぁ」
ひんやりとした感触に目を開くと、藤ヶ谷を見下ろす獰猛な目に射抜かれる。
谷は更に割り開かれ、無言の間につけていたらしい避妊具を纏った先端が蕾に充てがわれていた。
そこでようやく、杉野は声を出す。
「息、止めちゃダメですよ」
「わ、わかっ……ぁああっ」
返事も終わらぬ間に、圧迫感と共に杉野の欲望が突き進んでくる。
初めて他を受け入れるソコは、昂り切っている杉野が入るにはまだ狭く。
自分で考えていたよりも上手く息を逃がせずに、藤ヶ谷は苦悶の表情を浮かべる。
「……くっ」
杉野もまた、力の入っている中は狭過ぎて思うように動けず眉を顰める。
それでも、指の届かなかった未開発の部分に突入した。
だがそこで、藤ヶ谷が涙声で杉野に手を伸ばす。
「ぃっ……あ……っ、え、……まって、まってすぎのっ」
「痛い、ですか?」
「や、やぁあっ……いたくないっ……でも、くる、し……!」
気を紛らわせようと、力を無くしてしまった藤ヶ谷の中心を触ってくれる。
思惑通り艶やかな声を上げる藤ヶ谷の体から僅かに力が抜けて、少しずつ深くに進むことができる。
「落ち着いて、息を吐けますか?」
「ふ、ぅあ……っ」
自分が言い出したことだ。
気遣う声を掛けてくれる杉野に、もう平気だと笑いたかった藤ヶ谷だったが。
(息、できないっ)
一度折れてしまった心を持ち直すのが難しく、快楽を上手く拾うことも出来なくなってしまった。
瞬きの度に大きな瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちて、まつ毛を濡らす。
杉野は荒い息を吐きながら、腰を止めた。
背筋を伸ばして両手を藤ヶ谷の顔の横に置くと、目尻の涙に口づける。
「これは、流させてはいけない涙ですね」
「す、ぎのぉ……っも、全部はいった……?」
「……まだです」
藤ヶ谷は唖然とする。
すでに深くまで杉野が居るように感じるのに。まだ奥があるという。
杉野が止まってくれたため、もう終わったのだと思っていた藤ヶ谷は唇を噛み締める。
(我慢しないでって言ったの俺なのに、怖い)
しかし、止めて欲しいわけではない。
ここまできたら、杉野と完全に一つになりたかった。
大丈夫だから再開しようと、伝えようとしたその時。
「一度、抜きますね」
「え……?」
ハッキリと宣言した杉野の腰がゆっくりと下がっていく。
楽になっていく身体に焦った藤ヶ谷は、声を上げた。
「ダメだ……っ」
足を腰に巻きつけ、なんとか逃がさないようにと力を込めた。
杉野は藤ヶ谷の濡れた頬をあやすように撫で、眉を下げて首を左右に振った。
「震えてます。無理しないでください」
「杉野、やめないでくれ」
白くなるほど握り締めていた手をなんとか開き、杉野の腕を掴む。
このまま終わってしまえば、優しい杉野は当分触れてくれなくなるのではと頭をよぎり鼻を啜った。
「俺しか気持ち良くなってないの、嫌だ」
だが懇願も虚しく、体内から杉野の存在が消える。
「ぁ……」
ぽっかりと空いた喪失感に、藤ヶ谷の目の前の杉野の輪郭が本格的に歪んだ。
「ごめん、ごめん……俺が……」
「藤ヶ谷さん、泣かないでください」
さめざめと涙をこぼす藤ヶ谷の前髪を撫で、杉野は身体をピッタリと寄せて唇を重ねた。
藤ヶ谷の気持ちを静めようと、触れるだけのキスを何度も落としてくれる。
「俺が煽られて急ぎすぎました」
「煽ったの、俺……っ……抱いて、欲しがったのもっ」
藤ヶ谷は杉野の背に腕を回し、肩に顔を埋めた。
「大好き、なのに……」
安らぐ香りが鼻を擽り、触れ合う場所は温かくて愛しくてしょうがないのに。
だから急かしたというのに。
理想通りには体が受け入れられなかったことが辛くてしゃくりあげる。
「こんな途中じゃ、杉野は辛いだろ」
「藤ヶ谷さん……」
下半身に当たる杉野の熱は全く萎えていない。
それでも藤ヶ谷のために止まってくれたのだと、更に申し訳ない気持ちになった。
杉野は沈み込む藤ヶ谷に幾度も幾度も「大丈夫」「大好きです」と囁き、頭を撫で付けて宥めてくれる。
そうしている内に藤ヶ谷の心は凪いで呼吸も整ってきた。
「藤ヶ谷さん、落ち着きましたか?」
「……ん、ありがとな……」
力が抜けた藤ヶ谷に微笑んだ杉野は体を起こす。そしてティッシュの置いてあるベッドサイドのテーブルに手を伸ばした。
(おしまいかぁ……今ならいけそうなのに)
体温が離れてしまって寂しい。
「では、再開しましょうか」
「え?」
藤ヶ谷の胸がドクンと脈打つ。
引き止める術が分からず目元の涙を拭っている間に杉野の手に握られていたのは、ティッシュではなくてローションのボトルだった。
爛々とした目を細めた杉野がボトルを傾けると、透明な液体が起立した欲望に纏わりついていった。
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