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【十一】召喚の儀式

「ルファ……無事で何よりだ」  翌日、心配した国王が、ルファの部屋へと訪れた。ルファは苦笑しながら首を振る。侍従達は新しい人間に変わった。他にも変化はあって、朝や昼の食事の時もヴェルディスがそばにいるように変わった。同じ部屋で食べる事となったのだ。国王に対し、膝をついて頭を下げているヴェルディスを見てから、ルファは言う。 「ヴェルが助けてくれたんです」 「ヴェルディス、よくぞルファを守ってくれた」  ネイスの言葉に、ヴェルディスはより深く頭を下げた。しかし内心では不甲斐なかったと思っているのがあからさまに感じられる表情で、ヴェルディスは絨毯を見たままで唇を噛んでいた。 「召喚の儀を行う満月まで、あと三日だ。それまで存分に体を休め、鋭気を養うようにな。ヴェルディス、それまでの間も、その後も、ルファの事は頼んだぞ」  国王はそう述べると帰っていった。扉が閉まり、ネイスの護衛の騎士達も出て行ってから、ルファは嘆息した。昨日の衝撃は、昨夜一晩、ヴェルディスの腕の中で眠ったらだいぶ和らいだ。ヴェルディスは、昨日はずっとルファを抱きしめていてくれた。優しく髪を撫でてくれた。ルファにはそれが嬉しかった。体は繋がらずとも、心が通じている気持ちだった。  ヴェルディスがそばにいてくれると、ルファは元気になれる気がする。  それから――満月の夜は、あっという間に訪れた。  その日、ルファはヴェルディスに先導されて、国王に指定された、離宮へと向かった。王宮から出るのは、久方ぶりの事だった。召喚獣を召喚する儀式は、離宮の半地下にある大広間で行うのだと言う。扉から先には、王家の血を引く者しか入る事が出来無い。よって、ルファは一人で中へと入った。  半地下にある為、高い位置に小さな窓がある。  床には、三重魔法陣が刻まれていた。それはルファが夜毎、瞼を閉じる度に、脳裏に浮かんでくるものと瓜二つだった。ルファは床を見てから、続いて天井へと視線を向けた。そちらには、金色の模様が刻まれている。壁には魔導灯がはめ込まれていて、大広間は明るい。辺りには、荘厳な気配が漂っていた。 『ルファ』  すると、どこからともなく声が響いてきた。 『ルファ』 「鳥……ベリアル?」 『いかにも。瞼を伏せよ』  ルファはそれを聞いて、言われた通りにした。すると眠気は無かったが、瞼の裏側に金色の模様が入り込み始めた。その後、三重魔法陣が広がっていく。 「もう目を開けて良いぞ」 「え?」  一瞬の事だったので、驚いてルファは目を開けつつ、首を傾げそうになった。しかしそれは出来無かった。目が頭上に釘付けになったからだ。天井の魔法陣が光り輝いていて、そこから煌く火の粉が落ちてくる。まるで雪が光っているかのようだった。それらが次第に形となり、そうして――いつも夢の中で見る巨大な不死鳥、ベリアルの姿へと変わった。  ゆっくりとベリアルは床まで下りてくる。そして金色の模様に触れた瞬間、小さく変わった。それから飛び上がり、ルファの肩に乗る。 「漸く我を召喚したか。遅すぎる。何故もっと迅速に行動できないのだ、人間とは」 「え、え? ベリアルなの?」 「そうだ。我がいれば、危険など即座に振り払うというのに」 「僕にはヴェルディスがいるから、大丈夫」 「果たしてそうか? 人間に出来る事は限られているぞ。我のように頭が良い生き物とは言えぬからな」  ベリアルはそう言いながら、羽を揺らした。 「愛は盲目とはよく言ったものだ」 「ヴェルディスの事を悪く言わないで」 「悪くなど言っていない。我は事実を申しているだけだ。しかしルファを一人で置いておくよりは、確かに安全であろうな」  どこか楽しそうな声でそう告げたベリアルが、ルファの肩から舞い上がった。 「このように寒い場所にいつまでもいるものでは無い。我は早くミゼリアに会いたい。スーレイメルの王の元へ戻ろう」 「うん……こんなに早く終わるとは思わなかったよ」 「それはルファに力があるからだ。我を喚び出せる力が、確かに。力なき者は、数日かかる事も珍しくないし、生涯をかけても無理な場合もある。例えスーレイメルの血を引いていてもな。その場合は、人間の言う『夢』の中で話すしか手法は無い」 「そうなんだ」 「召喚に成功するまでは、扉は満月が沈むまで開かないように出来ている。よって、朝まで出られない人間も珍しくはない」  ベリアルが扉へと飛んでいく。慌ててルファが追いかけると、大きな扉がゆっくりと開いていった。すると外で控えていたヴェルディスが振り返った。 「ルファ様」 「召喚に成功したんだよ! あ、えっと……視えないんだっけ?」 「ルファの愛しい者か」 「視えませんが――……聲が聞こえました」  ベリアルは、ルファとヴェルディスの周囲をクルクルと飛んでいる。ヴェルディスは聲がした方角を見て、神妙な顔をした。 「ベリアルが言うには、もう王宮に帰っても良いんだって」 「私も、扉が開いたら、戻って良いと聞き及んでおります」 「帰ろう、ヴェル」 「ええ」  こうしてルファとヴェルディス――そしてベリアルで、王宮へと戻る事になった。  王宮に入るとベリアルが、見知った様子で飛んでいく。それを見送ったルファは、ヴェルディスに先導されて、部屋へと戻った。ベリアルは道中から『ミゼリアに会いにいく』と繰り返していた為、ルファは特別心配しなかった。  部屋に戻ると、ルファは大きく吐息した。それまで意識しなかったのだが、何か大きな力がごっそりと抜け落ちたような感覚に襲われる。 「ルファ様?」  ふらついたルファを、その時ヴェルディスが抱き留めた。 「貧血かな? フラフラするんだ」 「召喚で力を用いたからかもしれません。過去の召喚の儀の記録では、その後、寝込んだ王族の方もおられたと拝読しております。お休みになられた方が良い」 「うん……」  頷いたルファは、ヴェルディスに連れられて、寝室へと向かった。そして着替えて横になってから、ヴェルディスに毛布をかけてもらった。するとすぐに眠気が訪れて、ルファはそのまま寝入った。しかし、何の夢も見なかった。  翌朝目を覚ますと、ルファの枕元には、ベリアルがとまっていた。 「もう朝だ。起きると良い」 「夢じゃなかったんだね……本当にいる……もう夢の中では会わないの?」 「刻の流れが違うからな。ルファの体に負担をかけてしまうから、なるべく我は外にいる。とはいえ、四六時中ここにいるわけではない。ただ我は王宮の中にはいるし、ルファが外出する場合は、必ずついて行く」  ベリアルはそう言うと天井に飛び上がった。その時、ノックの音がした。ルファが声をかけるとヴェルディスが入ってくる。その開いた隙間から、ベリアルは飛び去っていった。 「おはようございます、ルファ様」 「おはよう、ヴェル」 「国王陛下が、召喚に関してお話を聞きたいとの事。朝食をご一緒にと仰せです」 「分かった」  こうしてこの朝は、ルファは部屋を出て移動し、ネイスと食事をする事となった。その場で昨夜の顛末を離すと、穏やかに笑いながら国王が話を聞いてくれた。先に王宮のダイニングに来ていたベリアルは、天井付近に、ミゼリアと共に浮かんでいる。その話が一段落した時、ネイスが切り出した。 「所でルファ」 「はい?」 「ルファの父であるアルフの公爵領地は、現在暫定的に余が直轄する形となっている。公爵位も空いたままだ。ルファに是非、その土地を継いでもらいたいのだ」 「え?」 「今後も暮らす場所は、この王宮で良い。ただ、アルフも己の爵位や領地は、きっと生きていたならば、ルファに継いで欲しかっただろうと思ってな」 「ぼ、僕には、そういうのは無理だと思います……学も無いし……その……」 「余がいくらでも支援する。優秀な臣下も沢山おる。心配は無用だ。まずは名前だけで良い」  ルファが目を丸くしている前で、国王は悠然と笑っている。何も言葉が見つからないままで、ルファは食事を終えた。部屋への帰りの道中で、ルファはヴェルディスに声をかける。 「ねぇ、ヴェル」 「なんですか?」 「僕が貴族になるなんて、信じられないし、無理だと思うんだよ……どう思う?」  すると歩きながらヴェルディスが微笑した。二人きりの回廊で、ヴェルディスが静かに天井を見上げる。 「結論から言えば、ルファ様をお守りするためにも、爵位はあった方が良いと思います。爵位など無くとも、ルファ様が尊きお血筋の持ち主である事に代わりはありませんが、爵位は目に見える形で、ルファ様の盾になってくれる場合もあると存じます」  それを聞いて、ルファは小首を傾げた。ピンと来なかったのだ。そんなルファを見ると、今度はヴェルディスが、微苦笑した。 「ただ個人的には、少し寂しいですね。また一つ、ルファ様が手の届かない存在になってしまうのだから」 「え? ぼ、僕は、ヴェルのものだよ?」 「嬉しいお言葉ですが――これもまた、目に見える形という意味で……俺は、公的にルファ様を俺のモノにしてしまいたいんですよ」 「どういう事?」 「近衛騎士として一生お守りするのは代わりませんし、恐れ多い事ですが、俺は――ルファ様と結婚したい。こんな風に、歩きながらプロポーズする予定は無かったんだけどな」  ヴェルディスが照れくさそうな顔で、己の頬を指で撫でた。  それを聞いて、ルファは目を見開く。  あんまりにもヴェルディスの言葉が嬉しくて、気づけば瞳が潤んできた。 「僕も、ヴェルと結婚したい」 「本当ですか?」 「うん。本当だよ。ずっとヴェルと一緒にいたい」 「結婚せずとも、ずっとおそばにおりますが――俺はルファ様の家族となりたい。恐れ多い事だとは理解しているのですが」 「恐れ多くなんて無いよ。僕も、僕も同じ気持ちだよ。ヴェルと家族になりたい」  そんなやりとりをしながら部屋へと戻る。侍従達は不在だった。扉を閉めてすぐに、ヴェルディスはルファを抱きしめる。そして啄むように、ルファに口づけをした。 「陛下にお許しを頂かなければ」 「僕もお願いしてみる。ヴェルが好き」  その後――二人の気持ちを知った国王は、ルファとヴェルディスを祝福する事となる。二人の結婚が決定したのは、その半月後の事だった。閨の講義は、講義では無くなり、二人の交わりは愛の証と変わる。  ヴェルディスは近衛騎士として、そして伴侶として、ルファの隣にいる事となった。

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