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第3-1話

 清らかな梅の香りが(ふく)よかにそよいでいく。  夢路を戻る青の目は天井に泳ぐ花枝(はなえ)の影をしばらくぼんやりと眺めていた。舞い込んできた小鳥の影は頭上で踊り、嘴が花芽を散らして枝から枝へと渡っていく。  (しとみ)は上げられ、巻き上げられた簾からは心地の良い風が入り込み、小さな春の産声が聞こえてくるようである。  なんと長閑で麗らかな朝だろう。ついに往生を果たしたか。青は薄く曇った空をぼんやりと見つめた。  寝返りを打とうとして、身体中に鈍い痛みが走った。  ――っう、と息をつめ、咄嗟に全身の力を抜く。  どうやらまだ命ある身らしい。一体どこが痛むのかと無理をして身体を上げれば、肌を覆う衣に気がつく。誰が着せたのか。 「凪か?」  目の前には険しい顔つきをした彼が、青の目が覚めるのを待っていた様子であった。 「お加減はいかがですか」  ふてぶてしい態度と顔つきに青の頬は自然と緩む。 「着せてくれたのか」  唇が僅かに離れ、しかし凪は言葉を濁す。 「清瀬殿が」 「清瀬が?」  青は記憶を辿った。  彼のことはたたき出したはず。ではその後戻ってきて介抱したというのだろうか。  細やかな真心を注ぐとはしれず、そんな彼に八つ当たりをしてしまった。  こんな惑乱(わくらん)した男では、彼の気を引くどころではない。器の小さな人間だと更に愛想をなくしたはず。  しかしそれよりも、と、青は花に注がれた種子を思い出す。 「入液まで、終えてしまった」  悄然と俯く青の前が(はだ)ける。その薄い胸元や下腹に清瀬のつけた赤い花びらの印を見つければ、凪は沸々と怒りが込み上げるのである。  事を終えて妻戸から出てきた清瀬は、凍える春の夜をじっと外で待つ従者に、容赦なく入るなと固く言いつけ、随身まで引っ張ってきた。その手に湯を張った角盥(つのだらい)を自ら持って戻ってくると、青の身体を拭い、衣まで着せたらしい。  影が夜明けの色に染まる頃まで居座り続けたのだ。  鹿氏の清瀬は、どうやら青を囲おうとしているのではないか。  そんな憶測を抱きながら、凪は(はんぞう)を手にして器に注ぎ入れる。一口含んでから青に手渡した。 「父君には催花だけ済ませたと報告します」 「お前は嘘がつけるような人間ではないだろ」  凪の胸は大きく息を吸い込み、落ち着いた調子で上下を繰り返す。麗との対峙を恐れているようには微塵も見えない。麗を騙すというのになぜ穏やかな心情でいられるのか。  青は父親を前にすると身が縮まる思いなのだ。  唇をそろりと器に触れて喉に流し込む水は、雪解けのように冷たい。それがしんと冴えるように身体を潤していく。 「若君は出液もするつもりでしょう。まだ、やりようはある」  膝を立てる凪の右手が青の首の後ろに手を添えて、左手はずっしりと腹を押さえつけた。 「実を調べます。横になって足を広げて」 「今か? もう少し後でも」  倒れる青の内股に、凪の身体が収まる。股ぐらを押し開く指のくすぐったさに、青は結んだ唇から笑い声を漏らした。 「ん、ふふっ……」  戯れを甘んじて受け入れる子どものような笑い方。  その色気のない声に、凪はわざとらしく足を持ち上げた。彼の目の前にあられもなく恥部が曝されると、さすがに燃えるような恥じらいを覚えるらしい。格天井(ごうてんじょう)を一つずつ数えて気を紛らわせるが、腿の肉を確かめるような手つきに、青は妙な気分に襲われた。 「いくらお前でも、まじまじとそこを見られるのは、恥ずかしいものだな」 「力を抜いて、深く息をして」

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