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第4-1話

「見つかったのは一口だけですが、他にもあるかもしれません」  嵐の手から渡された腰刀は、金泥を施した萩の花が巻き付いている。  枕の下に潜められていたという刃に毒が塗られている様子はない。  昨日の目合は茵の外だった、と清瀬は甘美な記憶を思い出し、覆った口元に微笑を浮かべた。  なんとも愛らしい男ではないか。さては自分で仕込んだにもかかわらず、腰刀を嫌って茵に乗るのをいやがったのだ。  彼が最中に枕に手を伸ばした素振りもなかった。おそらくその余裕さえもなかったのだろうが。  しかし、萩氏の主人は清瀬の首を狙っているということは、これで明白となった。 「縁談を断るのなら今のうちですが」  どうもこの恋路は茨の路らしい。  薄彩(うすだ)みに染まる春の空のような青の瞳は、清瀬の与える快感に晴れ渡ったのだ。筆を染めて掻きしるしたそれに青は見事に色づいた。初花の匂いに鶯の初音も、すべて清瀬のものである。そう思うほどに身体はぞわりと粟立ち、一度肌を重ねた味の良さを離しがたいと貪欲に思う。  だがこのままでは清瀬だけでなく、青の身も危うい。 「父上にはこのこと、知らせるな。私だけで対処する。それから、凪というあの男をしばらく見張っていろ」 「危険が及べば、あなたの命を優先します」 「もし手を滑らせればお前であろうと容赦はしない」  清瀬は決して手放したくないものを見つけてしまった。  それを守るためなら容赦をするつもりもない。  この縁談を好機と思っているのは何も萩氏だけではないのだ。鹿氏の当代、(さやか)でさえも同じ事。  遷都に先立って未開の地に根付く怪士の討伐を命じられたが、武家として頭角を現し始めた萩氏と鹿氏は帝からの愛顧を賜り、独占したい。今度の討伐には武功がつく。二氏はどうしても名を上げたいらしいのだ。  そのためにも目の上の瘤が邪魔である。  その最中に身を置きながらも清瀬は萩氏と鹿氏の諍いには関心がなく、萩氏に先を越されたからと言って対抗心が燃えることもない。武家として育ったはいいものの、生命を奪えるほど強欲にはなりきれなかった。爽からはそれとなく目を逃れて戦地には赴いていたが、そろそろ限界である。  今回の婿入りでさえ、厄介払いのつもりであろう。  萩氏と鹿氏の関係が悪化しようと、それは父親の代だけで終わる因縁。  しかし、どうやらそれは早計だったらしい。  いっそのこと青を匿ってしまえたら、萩氏との確執を利用してしまえる。だが、それは爽が許しはしないのだ。萩氏のしきたりを渋々飲み込んだ爽が、青のことをよく思っていないのは確かであった。  萩氏にとっても青の価値は種にしかない。もし清瀬が青を攫い、鹿氏を捨てて一人飛び出したとして、萩氏から単身で青を守るには力が及ばない。  父親であっても爽は清瀬を氏の恥と首を狙うはず。 「どれもこれも、面倒だ」  清瀬の顔色は曇る。 「若君が婿入りしたとして、その身体が無事とは思えませんが」 「子を孕ますまでは生かしてもらえるだろうな」 「やはりここは私がかわりに」 「お前には種がないだろう」  婿入りにきたはずの男が種なしと知れば、約束を違えたと攻め入ってくるか。  そうなっては厄介。だが、例え嵐であったとしても青の種をやるつもりはない。  鞘に絡まる萩の蔓を、青の細い腕と思い、清瀬はすっと指を這わせる。 「花一族の種がそこら辺に生えていれば早い話だが」

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