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第9-1話
野山の端から花芽がたわむような日が昇り、東雲 は朗 らかと明け初める。朝の光は白く輝いた。
朝早、屋敷は討伐の支度に騒がしく、鎧を着込んだ武士たちが鞘なりを響かせて忙しなく集まっていた。
紫を乗せた車は萩氏の屋敷をゆっくりと出て行くところであった。
鳥も目覚めたばかりの朝に、若干の眠気を堪えて女房の口元にそっと耳を寄せる。
「凪殿はやはり、屋敷にはおりませんでした」
つぶやくような小さな声に小さく息を吐く。
「ではやはり、追い出されてしまったのでしょうか」
「凪殿のいなくなった後、奇妙な随身が入れ替わるように現れたそうでございます。それが、醜い面構えで、醜い声をしているといいますので、凪殿とは思えませんが……」
「何か、つながりがあるかもしれないと?」
微笑を浮かべる女房に紫は眉をひそめる。
「父上のご様子はいかがでした?」
「今日にも、討伐へ出発なさるそうです」
重く息を吐き出して、紫は冷えた指先を温めた。
木々の冬芽は硬く閉じ、野花は雪に押しつぶされて竹林の中は静まりかえっている。これでは花さえ咲いてはいないだろうと思いながらも、麗がわざわざこの日を選んで花見をさせたわけは、重々しい戦の場に出る武士たちの姿を、紫の目に触れさせるわけにはいかないため。
そういう気遣いはする男なのだと思いながらも、なぜか青には妙なこだわりを見せるのだから、複雑な思いがする。
細く続く山道にさしかかろうとしたとき、不意に車が止まった。簾の外では侍従が忙しなく駆け出していったようだった。
さては何事かあったのだろうと、外の様子を垣間見る。近くの侍従を呼びつけようとして、車の前に倒れている男の姿を垣間見た。
その姿はまさしく顔を覆った随身の男。その蛮絵は萩氏のもの。
下りようとする紫に女房が止めようと手を引くが、紫はそれを優しく押しのけて侍従を呼びつけた。
「下ろしてください。あの方のところへ」
褐衣は霜に覆われ、噴き出した血は凍り付き、その息は虫のよう。顔の覆いを取り去ると、やはり噂通りの醜い顔が現れる。唇の色も失われ、土気色の顔にはまさかすでに命もないようなものと思われた。息を呑む紫がその口元に手を翳すと、か細い吐息が微かにヒュウヒュウと掌に触れるばかり。
だが、まだ息はある。
「名をなんと申すのです?」
紫は彼の身体に覆い被さるように被いていた衣をかけ、そっと肩を抱き上げた。冷え切った衣は氷のようで、はくはくと空気を仰ぐ男の真っ青な唇を耐えて見つめていると、彼は微かに零した。
「……あお」
「姫君、車の中にお戻りください」
侍従の手を断り、紫は彼の身体を強く抱きしめる。もう少しですべて聞き取れそうなのだ。
「なんといったのです」
「青に……」
紫は総毛立った。萩氏の青を呼び捨てにする男は一人しかいない。ちぎりを結んだ唯一の男。
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