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第8-6話
扇を手にし、掌に叩きつける。
「もし事実であるなら、清瀬を向かわせるわけにはいかない。だが、なぜ萩氏のお前がわざわざ忠告に来るのか」
凪は僅かに顔をあげ、声のする方へと神経を尖らせる。敏感に音を捕らえる耳には、押し隠された怪訝な色を少しも逃しはしない。
嘘だと思っているのなら都合がいい。
凪は低く身体を倒した。
布で覆われた指の先を丸め、板をえぐるように拳を握りこむ。
「来てほしくないと、青は言っていた。だからそれを伝えたのみ。それは私にとって都合がいい。もし来ないのであれば、青の心は私のもの。戦場の地に生える松の枝に、青の心を結びつけている。腰が抜けているのでしょう。どうせ、命を奪えないあなたでは青の心を奪うこともできない。――俺は、すべて失う覚悟で手に入れる」
すかさず立ち上がる凪に、清瀬は弾かれたように視線を向けた。
追いかけようと踏み込む清瀬に、凪が一瞬、振り向いたように思われた。
素早く主殿を出て行く凪の後ろ姿を目の前にして、清瀬はただその後ろ姿を睨み付けるばかり。
雪明かりに照らされた褐衣はどこまでも彼の醜さを浮かび上がらせる。今に捕まえることなど容易いこと。しかし爽がそれを許しはしなかったのだ。
「麗のことだ。何が何でもお前を殺そうとするだろうな」
だからといって青の心を目の前にぶら下げられて、それをあの男が奪ってしまうかもしれないというのに見過ごすわけにはいかない。
凪もただ来るなと警告したわけではない。
清瀬への恋心を失っているのなら、青が血相を変えて清瀬の死を嘆くはずがないと踏んでのことだった。清瀬を引きずりだして麗の策略にはめるつもりであった。もし来ないのであれば、そのとき、ようやく青の心が手に入ったも同然。やつはお前の事など少しも気にしてはいなかったのだと囁けばいい。
どんなに薄汚くあろうとも気にならない。清瀬にだけは渡したくない。これで清瀬を始末できる――。
ざわざわと肌が粟立つような薄気味悪い感情に襲われながらも、覆った面の下では微笑を浮かべ、荒々しく声を漏らして笑った。
ハッと、息を呑んだその一瞬、刀が降りかかる。逃れようと退路を変えた足は雪の深みにはまり、耳を一太刀が掠めて肩をえぐり、息つく間もなく氷刃が身体を貫いた。
抜き放たれるとともにあふれ出る血潮が雪を染め、堪える足はすぐさま膝をつき、力なく倒れ込む。
溶け出した雪は再び凍てつき、風雪も過ぎ去った夜の下、凪の身体は霜に覆われていった。
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