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第6-3話
「屋根を壊されたのは腹が立ったさ」
苦しげに吐き出すヤンは激憤を鎮めるように腰に手を触れる。
「だが、それだけのこと。お前をギのやつらに売ろうなんて思っちゃいない。ここは怪士たちでさえもあまり踏み入らない。あいつらの足を鈍らせるには都合がよかった」
ヤンは噛みつくような顔で青を引き寄せ、ミズグモの糸から遠ざける。
「どうしてそんなことを」
「無秩序で、理不尽で自分勝手な血の中で育ったからって、そんな怪士になりたいわけではない」
「人間に親切にする怪士なんて出会ったことがない」
ヤンはふと、青のまん丸に見開かれた目を見下ろして笑みを零した。
「それほど自分を律するのは難しい」
「だけどあんたは俺を助けた」
「俺たちに生きる術を教えてくれた母親は、怪我人には優しく、人には親切にして人の心も知ること、助け合えといった。それを守っているだけ」
引き寄せる乱暴な手つきに青は蹌踉めく。
「力を貸せ。悪いようにはしない」
鼻の先には爛々と輝く彼の瞳。その力強さに思わず顎を引いた。
道は次第に木の根がせり出し、交わる僅かな根の隙間に身体を捻じ込んでいく。
「ギ一族の頭はベベという男。そいつはお前の体質と街の種を交換するつもりらしい。だが青を拾ったのは俺。どうするかは俺次第だといってある」
「街の種とはなんだ?」
「街の核となる種だ。水下の街は一つの種からできている。その種から街と外を行き来するための蔓が伸びる。種があればどこでも街ができる」
「それを、ギの一族がほしがっているのか?」
「ギ一族だけではない。今度の合戦で負ければ、ここは人間に奪われて怪士たちは住処を失う。お前の力が必要なんだ」
青は視線を落とす。
合戦というのは遷都の前に行われる討伐のことに違いない。
今度の討伐には武功がつくといっていたのは麗である。麗は鹿氏と競ってなんとしてでもこの地を制圧しようとするはず。そうなれば、ヤン・ギューの命は獰猛な武士たちを前にしては虫けらのように扱われ、その骸 は野ざらしにされ朽ち果てるばかり。
そこには清瀬も加わるはずである。怪士たちと入り乱れれば彼さえ無事ですむはずがない。
目を空ろにし、あるはずの未来を奪われた清瀬の姿を想像し、青はぞっと身震いした。
例え一緒に添い遂げることができずとも、生きてくれてさえいれば、その繋がりを密かに感じていられるのだ。それすらも奪われてしまえば、望みをすべて絶たれてしまうのと同じほどの苦痛が襲うはずである。それは清瀬だけでなくヤン・ギューに対しても思うのだ。
「どうせ無駄なことだと全部諦めてきた」
青は唇を噛んだ。麗に従って過ごしてきて、一族のためとすべて諦めてきた。花を持って生まれてきたことばかりを恨んでいたのだ。
逃げだしたままぶら下がるように生きていくのは簡単なこと。
しかしそれだけでは、暖かなヤン・ギューの家や彼らの優しい心を守ることはできない。刀も握れない青では清瀬のことさえ戦地で力を添えることも難しい。
このまま花に人生を奪われたままでいいはずがない。
「どうやって変わったんだ? 怪士の性分 のまま生きていた方が楽なはず」
青はもしかしたら運命を変えられるのではないかと思った。急いて気を揉み、ヤンの袖に取りすがる。
静寂を宿す瞳が青に注がれた。生き抜いてきた彼の人生を示す色が、優しく青を見つめている。
「俺は変わっていない。短気で乱暴者で我が儘。おまけに人を貶 めるのが大好物」
ヤンはこんがらがった青の心を紐解くように告げていく。
「本当にどうしようもないほど困っていたときに手を差し述べてくれた人間がいた。俺もそういう人のようになりたいと思った。だから変わろうとした。変わりたいからその努力をしている。そうしたら、少しはましになった」
青は口ごもる。
――努力。
「嫌な自分でいるよりずっといい」
彼はなりたい姿を見つけて、相応しくあろうとしているのだ。
怪士の性分に逆らってまで。
――俺も、逆らえるだろうか。
青は視線を上げる。
逆らわなくてはならない。花は枯れた。もう青を支配するものは何もない。
清瀬のためにできることがあるはず。
「何も変わらないかもしれない。でも、来世では遅すぎる。俺は今、生きている限り清瀬に恋をしているんだ。清瀬を守りたい。ヤンとギューの居場所を戦火にさらしたくない」
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