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第6-6話

「種」  ジャムの声をぼんやりと耳にしながら、青は膝の先を見つめる。脈打つ心臓の中に鈴が触れている。それが街の種だというのなら、ひと思いに心臓を突き破れば出てくる。  欲しいのは、こんな種ではない。から笑いをこぼし、悔しさに掌を握った。 「こんなもの、いくらでもくれてやる」  布袋葵の花を引き掴む。皮膚を焼くような火の熱さに顔を歪め、青はベベを見据えた。 「俺の身体が、麗に引き裂かれる前にここへ連れ戻しにこい」  それでは争いの火種が増えるだけだと、ヤンが咄嗟に口を開く。 「どういうつもりだ!」  青筋を浮かべるベベの声。青は掴んだ花を引き寄せて花筵(はなむしろ)を翻すようになぎ払った。火花は弾み、炎は木の根を飲み込み、一度息を吹きかければ勢い盛んに燃え上がる。種は爆ぜてあたりに飛び散り、瞬く間に燃え広がった。襲い来る炎の海に、ギ一族は蹈鞴(たたら)を踏んで青を睨み付ける。踵を返し出口へと急いで下りていく彼らの姿に、ヤンもすかさず青を引っ張った。  逃げようと背を向けた影の向こうに、一瞬、炎の中を立ち尽くす青年を見た気がした。だが人影は忽ち黒煙に包まれて見えなくなる。見間違いだったのだろうとヤンは思う。  透かし模様を編んでいたミズグモの糸にも火が伝い、ぶら下がる炎の塊はノウゼンカズラが垂れるようだった。巣から飛び出した蜘蛛たちは雨粒が降るように頭上に注いだ。それを払いのけながら青もヤンも必死に出口を目指した。 「街の種は俺の心臓の中にある。今、奴らのところへ行くわけにはいかないんだ。父上を説得する。殺されるかもしれない。だから、その前に連れ戻しにこい」 「連れ戻せって、どうしてそんな厄介なことを」 「俺だけの力では逃げ出せないんだ。頼むよ」  一筋の光が出口を導く。それをたぐり寄せるように二人は外へ飛び出した。  旗がはためくように炎の先端が洞から噴き上がる。息を弾ませる二人の背後で幹に亀裂が走り、根を張っていた巨木が倒れかかった。騒然と叫ぶ鳥たちの声は氷を砕く音となり、水は高波となって襲いかかる。逃げる暇もなく押し寄せる荒波に揉まれ、青はヤンと引き離された。  息を継ぐ間もなく次々と打ち寄せる白波に青の意識は遠くなり、沈んでいく意識の中でヤンと必死に呼びかけている。  濡れた青の身体が凪の手によって抱き起こされたのは、湿地に静寂が戻ってからのことである。

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