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第7-4話

 青は小さく笑って身体を起こす。 「紫、こちらへおいで」  言い当てられて恥ずかしそうに姿を現すのは泡雪(あわゆき)のような娘。蝙蝠(かわほり)で顔を隠し、汗衫(かざみ)姿の紫である。 「お戻りになったと聞きまして……」  顔を背けつつ、そっと青の傍に膝を下ろす。赤面し、塵を捻る紫は震える指先を頬に押し当てた。  背に垂らした髪はしなやかに長く、絹のように艶めいている。淀みなく流れる小川のように、肩から滑り落ちる黒髪はさらさらと音を立て、俯く顔を包み込むように隠してしまう。細い身体は緊張に震え、青の姿を少しでも目にかけようものなら、忽ち息を失ってしまうのではと思われるほど。  蝙蝠を下ろす紫の目が、物憂げに伏せられた。 「怪士どもが、兄上のお体に、無体を強いたと」  青は言われて、思えば身体の痛みも引き、傷も癒えているようだと気付く。ギューが飲ませたという霜の花のおかげと思われた。これなら花径の花が再び芽吹いたとしてもおかしくない。複雑な思いに駆られながら、青の身体を気にかける紫に笑みを傾ける。 「心配をかけた。親切にしてくれた怪士がいたんだ」 「親切な怪士が、いるのですか?」  驚きつつ顔を上げる紫の目は兄の顔をまともに直視することができず、水干や袴の下の肌を思いがけず見てしまう。そこには衵さえ身につけていないのだと知ると、脇からは男らしい体つきの先に、じれったくぴんと張り出た蠱惑的な赤い果実が霞んで見えるようで、股立からは白い腿が剥き出しに、その付け根さえもが見え隠れして、少しでも居ずまいをただせば瑞穂のような茎がもろに零れてしまいそうなのだ。紫は圧倒されて、胸が苦しいほどの感激を覚え、顔色を更に赤くした。 「ヤンとギューといって、崖の下の木の家に住んで――」  嬉々として語り出す青に、紫が話しの口火を取って遮る。 「兄上、その、眩しゅうございます」  ぱっと視線を落とす紫に、青は一瞬呆ける。震える白い指が衣の裂を指さしていると知ると、思わず恥ずかしいような気になって、水干の割れ目に手をかけた。しかし兄妹ではないかと苦く笑う。 「兄の肌を見ただけでそんなに興奮していてはどうする。婿の裸を目にしたら倒れてしまうぞ」 「意地悪なことを、言われませんように。兄上の綺麗なお体が、目に毒なのです」 「綺麗なものか。崖を転がり落ちて、川の水もかぶって泥だらけだ」  紫は感に堪えず瞳を潤ませ、もう一度目にかけたいと思いながらも恥じらいが邪魔をして顔が上げられない。  玉のような肌に高潔な梅の花のような身体。玉塵(ぎょくじん)も乱れるほどの清らかな容貌。彼に見つめられれば銀の花かんざしでさえ匂い出す。紫の言葉に困惑し、真っ赤な唇を僅かに離し、身体の不潔に嫌悪して耐えようとする姿さえなまめかしいと思うのだから、紫は高鳴っていくときめきを抑えることは出来ない。ああ、これも、父娘の血なのだろうと、長いまつげの先の露を払うように指先を触れた。 「父上がもったいぶるのも、道理でございます」  青はまさか紫の口から父上という言葉が飛び出すとは思いもよらず、喉を詰まらせる。 「誰が何をもったいぶると? いい使い道を考えていただけだろう」 「どうか、そのようにはおっしゃらないで……」  きゅっと手を包む紫に青は口を閉ざす。青自身を下卑するような言葉、くわえて仮にも父親である肉親が貶められる言い方は許せないのだろうと、青は思った。 「父上は考えてのことだろう。俺を特別に思うようなことはない」

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