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第3-5話

 清瀬でさえも、この婚儀には何やら思うところがあるらしい。このままではいつか暴かれて仕舞いそうだと、青は頬に笑みを浮かべる。 「嵐を、どこかで見かけた気がしたが、もしや、萩氏の酒宴に鹿の面をつけていたのは彼か」 「おかげでいい出会いがあった」 「鹿氏の若君も、酒宴を抜け出すようなことがあるのだな。あんたのための祝いの席だったのに」 「葛氏の姫君になど興味はない」  青は思わず目を見開く。いつの間にか深く移ろいでしまった暖かな色に、頬はつい綻びそうになる。  どうしようもないほど、望んでしまうのだ。  だが、そうとも。まさに、彼の命をこの手で奪ってしまえば、その身体が葛氏の姫君に渡ることは永遠にない。  むしろ、男のからだも心も、魂さえも独り占めできる。  彼の死命を制すれば――。  その先に待ち受けているのは、妹の婿との交わり。 「青、酒は飲めるだろ」  震える青は清瀬の言葉に顔を上げた。  目の前には徳利と杯が並び、彼の手が慣れたように酒を注いでいく。 「祝いの酒だ」 「なんの祝いだ?」  青はそっと微笑む。水際に小さく開くような控えめな笑顔を清瀬は垣間見た。瞳が優しく青を見つめていることに、清瀬自身でさえ気付いていない。 「再開の祝いにしておこう」 「祝いというのなら、酒の毒を消す蝶がいないな」  青が答えると、彼の手は懐に伸びる。その衣の内から取り出されるのは蝶花形である。  褪せた丹に染まった蝶の羽。清瀬への秘めた思いを、青が唇にしたためて鮮やかに染め抜いた蝶花形。  確かひらりと落としてその後は……。  彼が手に持つ蝶花形を一目見て、青の気持ちが知られるはずはない。しかし青は思わず唇に触れ、その身体はじっとりと汗ばんでいく。 「それを、どこで」  もしこの思いがばれようものなら、そして引きちぎられようものなら、と青は冷え切る。 「愛しい人を見つけたが、つかみ損ねた。なので代わりにこれを持っていた。婿入りも親が因縁を気にしてのこと。俺には興味もない。嵐を代わりに行かせるつもりであったが、お前が萩氏の屋敷に戻るというのなら、葛氏の屋敷にいた方がよほどお前に会える気がする」  青の鼓動はますます早くなっていく。  何を言っているのだと、解れた髪を耳に引っかけた。愛しい人といったのか。誰に会うと。  ――いや。  舞い上がっている場合ではない。彼への思いは蓋をしなければならない。  苦笑いを口にして、さては思い違いをしているのだと言い聞かせる。 「とんだ色男だな。葛氏の姫君ではなく、萩の幼姫君(いとひめぎみ)に恋をしたのか。だが、葛氏と萩では、屋敷もそれほど近くはないぞ」  しらなかったと残念がる顔を笑ってやろうと彼を見上げて、注がれる男の甘い眼差しに喉を鳴らした。  わかっているのだ。清瀬が萩氏の姫に恋をしているのではないことくらい。

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