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第7話 国王夫夫
「良く来たな、シュイ。そして、召喚者・蛇腹たとい」
国王陛下の言葉にドキっとする。あれ、最初の時は緊張して気が付かなかったけれど、陛下の俺の名前を呼ぶ音……日本語の音に聞こえた気がするのだけど。この世界のひとは、多少なりともちょっとぎこちない感じなのだが。
まぁ、シュイやアオイくんたちはすらすら呼んでくれるけど、それは単純に慣れであろう。
あまり目を合わせちゃ失礼かな、と思いつつ陛下をチラリと見る。
濃い茶色の髪に、瑠璃色の瞳。童顔、と言ったら失礼になるかもだけど、日本人として馴染みのある顔立ち。よく日本人が海外に行くと年下に見られがちと聞くが、まさにそんな感じがした。むしろシュイと並んだら兄弟に見えそう。
陛下は召喚者の竜人の血を引いていると言う。竜人と聞けば、地球とは違う世界なのだと分かる。竜人が暮らす世界も、日本人と顔が似ているのだろうか。それとも単なる偶然?
「ふふ、運命の番と出会ったと聞いていたけれど、想像以上の溺愛っぷりねぇ。陛下にそぉ――――っくり!」
男性なのに、まるで鈴の鳴るような美しい声で告げたのは、王妃さまであろう。
シュイと同じ黒髪に、ツリ目がちな金色の瞳は瞳孔が縦長。頭には2本の歪んだ角が生えており、陛下と結婚しているからか、ベールを付けていないものの、俺と同じような衣装に華やかな宝飾品を身に付けている。そして脚は人間と同じ2本脚バージョンであった。
やっぱりこう言う場では蛇族のひとは2本脚なことが多いのかな。
「ゼフラ」
「あら、いいじゃないの」
困ったように陛下が王妃さまの名を呼ぶが、王妃さまはクスクスと上品に微笑みながら陛下にぎゅっと抱きつく。
最初に謁見した時は王妃さまは冬眠中だったらしく会えなかったけれど、王妃さまとは本当に仲むつまじい様子だ。
何だか緊張も一気に解れてしまうようで。
「さて、シュイ。報告は全て聞いた」
しかし、陛下は王妃さまからこちらに向き直ると真面目な表情に戻り、シュイを真っ直ぐに見る。
王妃さまも抱擁を時、真剣な面持ちでこちらを見据える。
「はい、父上」
そしてシュイもまた、その言葉に頷いた。
「召喚者蛇腹 たといは、お前の運命の番だったのだな」
「はい、間違いありません」
「そうか、ならば婚約は認めざるをえまい。だが王太子妃にするならば、ゼフラの王太子妃教育を受け、完了せねばならない」
つまり、シュイと結婚するためにはって、こと?
「もちろんです、父上。たといは勉強を始めたばかりですが、私の嫁になろうととても熱心ですので」
いや、その。シュイの嫁に――と言うか読み書きをいい加減なんとかしたかったし、通常の召喚者教育の一環だったのだが。
「そうか、なら、そなたもそのために励んでくれ」
陛下が俺を真っ直ぐに見る。何だか、何かを見透かされているようでドキリとする。
「あの時私の問いに答えなかったのも、一般の召喚者だったから、とはな」
問い?陛下からの問いって、いつ?
最初の謁見の時だろうか。そう言えばイルは、俺が緊張しているようで声が出ないと言っていた。
俺はこちらの言葉をしゃべれないし、陛下の言葉も分からなかった。イルは俺に粗相のないようしゃべらず自分に素直に従えと命じた。――俺がこちらの世界の言葉が分からないと、運命の番じゃないと、バレるから。
俺は当時、言葉も分からない世界に一人で放り出されるのが恐くて、イルに逆らえなかった。意見したくても、言葉が通じるひとは限られていた。
召喚者は運命の番ではなくとも最低限の衣食住と教育を施してもらえることを知らなかった。
何も分からない世界に一人で放り出されることなどなかったのだ。
それすらも知らずに俺はずっと、イルの偽物の運命の番として、過ごしていた。何故、どうしてイルは俺を運命の番だなんて、嘘を吐いたんだ。
運命の番と言ったのは、言葉も通じない異世界に放り込まれた俺への情けだと思っていた。けど、イルに運命の番として迎え入れられなければ召喚者教育を受け、違う形でシュイと出会えていたかもしれない。
悪意にさらされながら暮らすこともなかったかもしれない。
「召喚者、蛇腹 たとい。汝をシュイの運命の番として婚約者認めよう。良いか?」
――――――それを、陛下は聞いていたんだ。
「無論、断わっても構わない。シュイがごねたとしても、私が召喚された国の王として、汝を保護することには変わりない。異論があれば、勝手にこちらに招いた者として、できる限りの手助けはしよう」
あぁ、この言葉を正確に理解していれば。
俺はイルの言葉も運命の番と言う言葉もっ
「た、例え運命の番でも」
「竜人ならともかく、人間に運命の番と言う本能はない。汝が望まぬのなら、シュイからも引きはがす」
「父上」
シュイがふと漏らした低い声がめっちゃドス黒いけどもっ!!
「イルが運命の番と主張しても、俺が拒めば認めてくれ、ましたか?」
「無論だ。守護者は特別な存在とはいえ、だからと言って運命の番だと言って相手が望まぬ好き勝手が許される訳ではない」
そう、だったんだ。俺はあの時感じた違和感を、言葉さえ通じていれば訴えることができた。イルの偽物の番にならずに済んだ。
「これからは、守護者と召喚者は別々に謁見したほうがいいな。一般の召喚者の通訳用に神官も呼ぼう」
そう、陛下が告げれば、王妃さまも頷く。
「守護者はごねるかもだけど、守護者は運命の番をそれは大事にすると言う当然の摂理に準じていたから起こったことだものね。運命の番を大事に思うのなら妥協してもらいましょ」
そう言うと、王妃さまは何故か狼獣人の男性を見ていた。
「ようやく出会えた運命の番と引き剥がされるのは酷だが、バカをやったアレが悪い」
そう、狼獣人の男がボソッと告げる。
アレとかバカとか、王位は継げないけど王子に使っていいんだろうか。しかも陛下すぐ隣にいるのに。まぁ、陛下は気にしていないようだけど。
「さて、イルをここに通せ」
陛下の言葉にトクンと心臓が跳ねた。イルと最後に会ったのは1ヶ月以上前。竜欧院かさねが召喚され、俺が偽物の番だと告げられた時以来だった。
そして、謁見の間にイルが入ってくる。
イルは白い虎獣人だ。虎耳は黒、髪はプラチナシルバーに黒メッシュ、瞳は瞳孔が縦長で瞳は銀色である。後ろからは白と黒の虎の尾が伸びており、足首には羽根が生えている。
――前から思ってたけど、この世界の獣人、地球の動物の特徴と微妙に違うかも。
そしてイルは拱手のような礼をする。いや、本来あっちじゃないのっ!?やっぱりお姫さま抱っこはどうなんだっ!?
「さて、面をあげよ。イル」
「はい」
顔を上げたイルは目線の先にいるシュイと、少しイルを振り返ったシュイの腕の中で抱えられていた俺の姿を見て、目を見開く。
「たとい、何故ここに」
「気安く我が番の名を呼ぶな」
威嚇するような、シュイの低い声が響く。
「な、何っ!?」
イルは驚愕したようにシュイと俺を交互に見た。
「おい、俺を置いて兄弟喧嘩始めんなー」
陛下の声でイルはハッとして顔を陛下に戻し、前進してシュイと並ぶ。いや、イルの方が一歩後ろだ。やっぱりシュイの方が王太子だからかな。
しかもさっき陛下、自分のことを『俺』と呼ばなかったか。
「さて、イル。いくつか問いたいことがある」
「はい、陛下」
イルはここでは『陛下』と呼ぶんだな。まぁ、謁見の間だしな。
「お前は国王である私の前で召喚者の蛇腹 たといを運命の番と告げたな」
「はい。ですがそれは間違いでっ」
「それは順を追って聞く」
「は、はい。申し訳ありません」
イルが気まずそうに口ごもる。
「蛇腹 たといがこちらの言葉を分からないのに、私の問いを代理で答えた、間違いないな」
「それは、そのっ、たと、彼は緊張しており、」
イルは俺の名を呼ぶことを躊躇った。ウチのシュイさんがものっそい目で睨んでるからだろうか。
「言葉が通じていないのに、緊張しているからなど関係ないだろうが!そもそもこちらの言葉も理解していないのに、どうやって答えることができる!お前はそれを理由に、運命の番と謁見の間での問いと。俺に2つも嘘を吐いたんだぞ」
「そんなっ!確かに、たといが言葉が分からないのは、お伝えしていませんでしたが、運命の番は後に本物の運命の番のかさねが現れ分かったことです」
「バカを言え。獣人が、それも本能と血のとりわけ濃い守護者が運命を間違えるか!お前たちは異世界人と意思の疎通をはかれるが、こちらの世界の言葉が他の者に通じぬ時点で一般の召喚者の可能性が高い。それをなぜ運命の番だと述べた」
「それは、竜神さまからのお告げがあったからでっ」
この国の、世界の神は竜神なのだったっけ。
そしてそのお告げがあったから、イルは俺を疑問符を浮かべながらも運命の番と告げた。
「それは明らかにトゥキの番と言うことだろう。あちらの運命の番は、こちらの世界の言葉を最初から理解し、トゥキもまた運命の番を至極大事に扱っている。トゥキが運命の番を迎えたからと言って、何故お前も運命の番を迎えたなどと嘯く」
「それはっ、その、お告げが真実だと信じっ」
「お前は単に運命の番を見つけたトゥキが羨ましかっただけではないか?」
その時、狼獣人の男が口を開く。
「そんな、ロウさんっ」
どうやらロウさんと言うらしい。陛下の側に控えているのもそうだし、イルにさん付けで呼ばれるって、一体何者?
「自分一人だけ運命の番を迎えられないのが悔しかっただけではないのか?」
つまり、意地の張り合い?他の守護者たちが運命の番を迎えたのに、自分は迎えられないからって、俺を運命の番と言ったのか。
「それに、まだある」
陛下が続ける。
「お前は蛇腹 たといを客間に押し込め、粗末な衣食を与えた上に宮で雑用をさせ、本物の運命の番とやらを迎えたら寝る間も与えず給金も出さずタダ働きをさせたそうだな」
「そんなことはっ!私は使用人たちに彼の世話を命じていまいたし、本物の運命の番が見つかった後は、せめて働き口をと」
「ではお前は、自分の宮の使用人の所業すら管理できていなかったと言うことか。さらには与えられるべき召喚者への最低限の教育や、衣食まで与えなかった。これは王命に背く行為だと、分かっているのか」
「そ、れはっ、たといは私の運命の番の可能性が低かったので、様子を見ようと」
「ほう?つまりお前は、たといが運命の番ではないと認識していたのか」
「うっ、その、可能性の問題です!」
「可能性、だけで運命の番だと嘯いたのか?俺の前で。疑問に感じたのなら、一般の召喚者と同じように教育を受けさせ、衣食住を工面させるべきだった。運命の番かどうかを見極めるのはそれからでも遅くはない。少なくとも自身の宮に閉じ込め冷遇し、不当な扱いを受けさせるなど言語道断だ」
「そんな、つもりではっ」
「結果的にそうなった。お前の嘘で、蛇腹 たといが不当な扱いを受け、充分な支援を受けられなかった。さらにおかしなことにな、お前の番用の予算はしっかりと各月落ちていた。どういうことだろうな?」
「えっ、予算には手を付けていないはずですが?元々彼は運命の番ではないのですから、予算など最初から使う必要もなくっ」
「今、完全に運命の番ではないと告げたな?運命の番ではないから予算も使わず、不当に囲ったと。それも、最初から」
「あ、そ、それはっ」
イルは完全に血の気を失ってガタガタと震えている。そうだよな、お前は最初から俺が偽物だって気が付いていたんだ。トゥキへの意地の張り合いで俺を運命の番にしたんだ。情けでも、配慮でもなんでもなかった。
「予算の横領元も、調べは付いている。今頃第1王子宮は摘発の真っ最中だ」
「そん、な」
イルは目を見開いて硬直している。
「横領犯、召喚者への不当な扱いを行った使用人は捕縛」
横領はしらんが、不当な扱いしたのはほぼ全員じゃん。
「第1王子宮の人員は総入れ替え、お前の監督不行き届きによる犯行故、横領された予算はお前の個人私財から返還せよ。なお、お前の王子と守護者として与えられる予算報酬、番用も含め全て半年間の予算をカットする」
最後ににんまりと陛下が笑む。
「そんなっ、私財だけではなく、かさねの予算もっ!?」
「お前の本物の運命の番が何をしたか、蛇腹 たといを追い出したことも、全部分かっている。だから番の分もだ」
「は?かさねが?それに彼は自分で出ていったと聞いています」
それを、信じるイルもイルだ。みな、かさねにそう信じさせられて俺を追い詰めてきたのだが。
イルもその限りではなかった。
「守護者とその運命の番は、その特殊性故に極刑、拷問刑などは課されない。だからこそ、悪いことをしたら他のところで削るしかないだろう?運命の番だからと言って自由にさせ過ぎる行く末は、教えたはずだな?」
「うぐっ、」
一体どんな行く末が待っているのか、陛下もイルも口を閉ざした。相当精神的に塞ぎ込む罰なのだろうか。
「わかり、ました」
イルは渋々といったように頷いた。
「最後に、お聞きしても?」
「何だ」
「彼は、なぜシュイと」
イルは、俺を見やる。即座にシュイが睨み返してイルが目を背けたけど。
「たといは我が運命の番だからだ。たといは、父上の許可を得て、私の婚約者となった」
「は」
イルは完全に言葉を失っていた。
「では父上、母上。御前失礼します」
シュイがそう告げれば、
「あぁ、もう行っていい。イルは残れ。第1王子宮は摘発の真っ最中だからな」
「……は、はぃ」
イルが呆然とする中、シュイは華麗に踵を返し、謁見の間を後にした。
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