あれから一年が経った。俺は猛勉強と猛特訓の末、お母さまからギリギリ及第点を貰ったのである。 そして俺はシュイと婚姻を結んだ。 「そう言えば、シュイ」 「ん？何だ？私の愛しいたとい」 ひゃうっ！！ 全くシュイは、一年経っても相変わらず糖分たっぷりだ。お母さま曰く、多分遺伝だから治らない――って陛下からの、お父さまからの遺伝かあぁっ！？ 「あの、前にイルが王族の籍を抜けて、元第1王妃さまに着いていったのが、イルにとってもいいことだって」 「あぁ、あれか」 「うん」 ずっと気になっていた。でも、なんだか機密事項な気がしたんだよな。正式に婚姻を結んだ今なら、大丈夫だろうか。 「その事か。たといの口からアレの名が出るのは不愉快だが」 あ、相変わらずだなぁ、シュイとイルも。俺のことがあったから、さらにギスギスしていると言うか。 それでも儀式や式典に挨拶に来る際はかさねを連れず、王太子のシュイに淡々と挨拶しているけど。 ――――――俺はもう、イルを怨んだりはしていないんだけど。今はこうしてシュイが目一杯愛してくれているし。 「まぁ、そろそろ良いだろう」 シュイは俺に蛇体を巻き付け話す気になっても独占欲満載っ！！ いや、良いんだけど。ちょっと、嬉しいし。 「実はイルは、本当の兄弟じゃない」 は？ 「異母だよね」 「いや、父親も違う」 はい？父親が違うって……っ！？ 「へ、陛下の息子じゃ……」 「ないぞ。父親は別にいる。父上が元第1王妃を下げ渡した、臣下だ」 「え、えぇえっ、それ、陛下は……っ！？」 「もちろん知っている。それでいて、長年元第1王妃の護衛を務めたイルの本当の父親に与えたんだ」 な、なななな……っ！？ 「一体何で、そんなことにっ！？イルはその事っ」 「成獣と同時に知った筈だ。私もな」 まさか、そんなことが。あ、じゃぁ……。 「イルは元々王位を継がない予定だったの？」 陛下の血を引いていないんだもんね。 「いや、元第1王妃は父上の従弟、先王の弟を母に持つから王家の血を色濃く引いている。もしもの時はイルが継ぐこともできたが、生まれながらに守護者となることが決定したから、王位継承権は与えられなかったんだ」 「守護者って、生まれながらに分かるものなの？」 「あぁ。その任を負うのは成獣してからだが。先代はイルの大叔父だった。イルが成獣したのと同時に守護者の証はイルに受け継がれ、イルの大叔父はその任を解かれた。その後は運命の番と共に静かな余生を過ごした」 そう、なんだ。イルは先代の生前継承をしたんだ。 「まぁ、継承に関しては滞りなく行われたが、問題は……」 「どうしてイルは王子として育てられたかってこと？」 「そうだな。その前にこれは政略結婚が関係しているんだ」 「政略結婚か」 どこのファンタジー異世界でもあるよね、そう言うの。しかも陛下は王族だし。 「父上が元第1王妃と婚約したのは陛下がまだ王太子の頃でな、その時に白虎族の当主である元第1王妃の父親が強引に元第1王妃を父上の婚約者に推したんだ。元々は白虎族の血が濃くなり過ぎぬよう、他の家から妃を取るつもりだったのだが、父上はその話を呑んだ」 「っ、どうして」 先王陛下の弟が白虎族に嫁いだなら、王家との信頼関係は揺るぎないものになったはずだ。 どうしてもまた、嫁がせるなんてことを？ 「元第１王妃は、無理矢理運命の番と引き剥がされて父上に嫁がされたんだ」 「えっ」 運命の番と、引き剥がされて！？ 「その運命の番は、平民出の騎士だったから、そもそも当時の当主は結婚させるつもりなどなく、騎士を辺境の戦地に送り、強引に引き剥がした。元第１王妃は失意のどん底で、父上に嫁いだんだ」 「そんなっ」 運命の番、と言っても、身分や種別は様々だと言う。代々守護者を輩出する由緒ある高位貴族と平民の可能性だってあるはずだ。だからって無理矢理引き剥がすだなんて。シュイなら確実に大暴れしそうだ。 でも平民の騎士なら抵抗も難しいだろう。 「既に先王陛下の弟も他界しており、白虎族の家は当主一強だった。当主は守護者の叔父を抱えつつも、守護者の叔父は番の粗相により一族内での権威を失っていた」 「番の粗相？」 「王太子時代の父上と、当時王妃だったおばあさまを、賎民だと公の場でばかにしたんだ」 「えぇっ！？」 「セレナ殿に聞いた話だと、竜宮には昔特権階級の竜人と賎民の竜人がいて、鱗の色で分かれていた。父上とおばあさまの鱗の色は賎民とされる竜人の色だったんだ。対する先代白虎族の守護者の番は特権階級の、それもトップに君臨する竜人だったから、自分よりも賎民の竜人がいることに耐えられなかったんだろうな。度重なる指導にも改善が見られず、先代と共に辺境に送られ、蟄居処分になった。先代がその任を解かれてからは、田舎で2人で過ごしたそうだ」 罰を受けた運命の番って、イルの先代の運命の番のことだったんだ。 「まぁ、今の竜宮は革命が起きて、特権階級は撤廃されているらしい。差別は完全にはなくなっていないが、鱗の色で賎民だと宣うことは恥ずべき行為らしい。セレナ殿の鱗も元は特権階級の色だそうだが、父上のことを貶したりしないだろう？」 「うん」 そう、だったんだ。竜宮にそんな歴史があったなんて。それにセレナさんは、鱗の色で差別するような人じゃないもんね。 「そんなこともあって、元第1王妃は逆らうこともできず父上に嫁いだ。それに例え元第1王妃を受け入れずとも、その場合彼はまた他の男と政略結婚させられる。王族、貴族なら政略結婚など当たり前だが、獣人の本能でもある運命の番を無理矢理引き剥がすなど、獣人として恥ずべき行為だ」 獣人にとっては、運命の番ってのはよほど大切な存在なんだろうな。守護者の運命の番のみんなを見ていてもわかる。シュイだって、俺にベタぼれと言うか、糖分過多だしなぁ。 運命の番を分かっているシュイにとっても、許されざる行為だったんだろう。 「それで、どうやってお父さまは、その騎士を……？」 確か、辺境に送られたと。 「父上は元第1王妃と婚姻を交わし、そして元第1王妃の番を戦地で死んだことにして、名前も身分も新しく与えて騎士として迎え入れた。そして病気がちで公務が厳しいと元第1王妃を離宮で静養させ、その護衛に番を添えた。そして2人に子を作ることを許した。元第1王妃の子だから、王子として、父上の子として育てることになったが。そしてその子どもが、次代の守護者だったんだ」 「そんなことが、あったんだ」 「あぁ。元第1王妃の父親は守護者の祖父となり、さらに調子に乗ったが、父上が王位を継ぎ、王妃の身体を守るためと、元第1王妃との面会を許さず、イルを王族として扱うことで当主が好き勝手できぬよう守りを固めた。王族なら、徹底的に守ることができるだろう？いくら肉親とは言え、白虎族の王家の血への介入が深すぎた。だから他の諸侯との関係改善のためにも当主を遠ざけるにはうってつけだった」 あぁ、自分が蒔いた種でむしろ自分の首を絞めたのか。自業自得だけど。 「まぁ、その後当主を破滅させたのは母上の計略だが」 「えぇっ、お母さまが！？」 「そうだな。母上とは元第1王妃を迎えた翌年婚姻を交わしたそうだが、母上も元第1王妃の運命の番を引き剥がした件に対しては怒っていたし、元第1王妃と母上は割と仲が良かったんだ」 それは意外だった。てっきり王妃同士の睨み合いが――いや、元第1王妃さまにはちゃんとした運命の番がいたし、ずっと離宮に籠って政治介入していないなら、睨み合う必要もないか。 「それじゃぁ、きっと元王妃さまも幸せだね」 「あぁ、今度は本当の夫夫になれた。もう隠す必要もない。イルもあれはあれで、母親の幸せを喜んでいるんだ」 ふぅん、ギスギスしたりしてても、割とイルのこと分かってんじゃん。 「問題は、かさねくんか」 イルは公式な式典に連れてきてすらいない。他のみんなは、セレナさんたちは守護者に同伴しているのに。 「最近は大人しくしているようだが、――――いや、イルも閉じ込めて置くしかないのかもしれないがな」 「んん」 ひどいことは散々されたけど、別にかさねくんが破滅することまでは望んでいない。守護者のイルは国にとって、世界のために必要で、かさねくんはイルのために必要な、大切な存在だから。 俺もシュイと言う大切な番を得たから、何にも替えがたい存在で、喪うことなんて考えられない最愛の存在だって、分かるんだ。 （本編・完）