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第20話 イルとかさね②
【Side:イル】
――――遠征を終えて帰邸してみれば、屋敷の中の雰囲気が違う。いつもの屋敷の内部、出迎える家令。何かが、足りない?そして気が付いた。以前は帰ってくる度に出迎えてきた、かさねの姿がなかったのだ。今日は屋敷を任せている家令が私を出迎えるだけだ。
「かさねは、どうした」
具合でも、悪いのか。
「奥方さまでしたら、夕食を済ませて先に寝られました」
は?
確かに、以前から私の帰りを待たなくていいから、夕飯は先に食べていいとは伝えていた。だがそれでも私といたいとゴネていたかさねが?
信じられない気持ちで、ひとりで夕食を済ませていつも通り必要な書類に目を通し、屋敷での報告をさせる。かさねの監視に関しては、侍従のレキをつけている。
早速レキを呼び寄せれば、かさねが他の守護者の運命の番宛てに手紙を書いたと言う。
後から聞いた話では、かさねは他の守護者からも非難を受けていた。さらには王妃さまの茶会にも呼ばれないレベルで。
以前までの、本物の運命の番を迎えたことで有頂天になっていた私なら、かさねが粗相をするだなんて考えなかった。むしろ、他のものたちがかさねにひどいことをしているのだと、かさねが訴えてきた通りに信じただろう。
――――たといがかさねに嫌がらせを行っていると言う、かさねとかつての使用人たちの話を鵜呑みにして。
だが、父上――今は陛下か。父子関係は既になく、私は母が下げ渡された臣下……本当の父親の家に入った。
母にとっては夢にまで見た運命の番との婚姻。だが、本当の父は静かに私を見据え、そして母は涙を流していた。本来ならば、もっと穏便に、時期を見て結ばれることができた2人だ。
2人は自分たちが結ばれたことよりも、運命の番ではないたといを運命の番とし、本当の運命の番を迎えたたものの、かさねの言葉と、使用人たちに踊らされた私を恥じていた。
2人もまた、問題を起こした私と言う負債を背負ったのだ。
私が本当の両親の、祝福に満ちるはずだった門出を汚してしまった。さらに、私と共倒れになった母と父の婚姻は、あらかじめ陛下が母に話していたことであった。そして、このタイミングでの臣下への下げ渡しを、母は自分の責任でもあると、醜聞を背負う形で受け入れた。
全ては私のせいだ。
運命の番を自分だけが迎えられない寂しさに耐えかねて、たといを運命の番だと詐称し、さらには使用人たちがたといに何をさせていたか、かさねが何をしたかも見抜けなかった私のせいだ。
あれほど燃え上がったかさねとの時間も、今は冷えきっている。運命の番でも、冷えきることはあるのか。
それでもかさねの方は、まだ私に固執していたはずだ。――――それなのに。
「奥方さまが、九夕院世麗那さまにお手紙を書かれました。中を確認したのですが」
「見てみよう」
レキが差し出してきた手紙の中身を確認する。妙な内容を書いていたら、今以上に両親の肩身が狭くなる。
「これは」
読めなかった。この世界の文字ではなかったのだ。むしろこれは、絵か?
「こちらの文字は、書けないそうです」
「――そうか」
かさねの勉強態度なら、聞いている。王妃さまに認められ王太子妃になったたといとは勉強への姿勢もまるで違う。今までの召喚者の中でも、言葉は通じても勉強の成績は最低だと知らされた。
――とは言え、絵?
それともこれは、地球の文字だろうか。
「念のため、地球の文字に詳しい者に鑑定させよう」
読み書きの教育を国として行っている以上、研究者も少なからずいるのだ。
それに、地球の場合は竜宮よりも研究が進んでいる。竜宮は言語が複雑で、召喚者の母国にもバラつきがある。同じ国でも身分によって文字を書けないもの、文字が全く異なる者がおり、煩雑なのだ。そんな中でも王太后陛下や、大叔父の番が多くの書物を残しているので、以前よりは進んだと思う。大叔父の番も、国に様々な騒動を巻き起こしたが、蟄居の身ではそれしかすることがなかったのだろう。それは彼が唯一この世界で建てた功績であろう。
一方で、かさねと同じ地球の国から呼ばれてくる召喚者は特に多い。だからかさねの国の言語の研究者も多いはずだ。辞書も歴代の召喚者たちが作り上げたものがあると聞く。
「紹介状は私が書こう。それを鑑定士の元へ届けてくれ」
「かしこまりました」
一礼したレキが私が書いた紹介状を携え、早速送付準備に移ってくれる。
本当に、どうしたものか。その夜はかさねの様子見のため、仮眠室で一夜を過ごし、早朝はまた、遠征のために出発した。レキには早朝の出発のことをかさねに伝えてもらったが、かさねは言伝てを頼んだだけだった。
――どうぞお気を付けて行ってらっしゃいませ。
そう、ひと言だけ。
かさねもまた、私に愛想が尽きたか。これもたといを傷付けた罰だろうか。運命の番とも、想い合えない罰。そしてそれはきっと、かさねのためにもいいことだ。私に固執せず、大人しく屋敷で過ごしてくれれば――大叔父の時のような悲劇は避けられるかもしれない。
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