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第23話 イルとかさね③

【Side:かさね】 ――――竜宮には三つの国があり、今は竜王なき竜人の共和国、人狼の国、鳳凰の国。 鳳凰の国、鳳王。人狼の国、人狼王。竜人の国の竜王は竜王院は処刑され御家断絶、その末裔は存在せず。また、一部忽然と姿を消したとも言われている。 四方の守護竜はその任を解かれ、名を変え、議員の一員となった。 家名は石竜(こくりゅう)院、九夕院、珀竜(はくりゅう)院、木陽(きよう)院。 旧黒竜院と旧紅夕院との境界を分かつ黒竜山脈ではかつて毎年生け贄が捧げられ、それが国の安寧をもたらしていると信じられていた。 しかしそれはかつての竜王の一族が詐称したものである。 その地に存在した竜人は竜神の末裔とされ、時折強い竜の先祖返りが生まれる。 王家そこから分かたれた分家であり、本家に嫉妬し下剋上した挙げ句自分たちよりも強い竜を産み出さぬよう、その地に存在した竜人の一族が力を付けぬよう賎民に落とし、代々鱗が錆や鈍の色に染める呪いを掛けた。 そして強い竜の血を受け継ぐ子が生まれれば、力を充分に発揮できない子どものうちに処分するために行っていたものである。 そうして竜人の国は守護竜の元安寧を手に入れていた。 恐らくクレナイは竜の血が濃かったため、その生け贄として捧げられてしまったものであろう。 ムラサキについても出生は謎ではあるが、黒竜山脈の地で生まれた可能性が高く、竜の血が濃かったのだろう。 しかし、最後に生け贄が捧げられたのは120年前である。 当時は彼らの戸籍となるものもなく、毎年何人が生け贄に捧げられたと言う資料があったが、そのほとんどが革命時に燃やされ、わずかに残るだけである。 私が知る限り、最後の生け贄に捧げられた竜人の名は、センダン。 竜宮の鱗の色、髪、瞳のからして、恐らくは王太后陛下のセンダンさまである。 今までの研究から、竜宮とこちらの世界、そして地球の時間軸は一致していないとされる。だから私と王太后陛下の年齢差は、竜宮での時間と異なっている。 王太后陛下もまた、名前に心当たりがないとのこと。 盟主の名であれば、記録に残っている可能性があるけれど、王太后さまも私も、紅夕院の名、今の石竜院の名のみ。 何かのヒントになればと思うので、陛下から許しを受けて、王太后陛下が記した資料の写しを送る。 九夕院 世麗那 和訳:蛇腹 たとい ―――――― 手紙が帰ってくるとは、思っても見なかった。 そして、竜宮の文字で書いたぼくの手紙は、たといの和訳で返ってきた。 共に送られてきた資料に手を伸ばせば、ぼくがよく知る竜宮の文字と、知らない文字があった。 そしてぼくが使った文字のこともまた、記してあった。 セレナには、ぼくの文字は伝わらなかったのか。それでも、返事を書いてくれたのなら、ぼくの文字を読めるひとがいたと言うことか。 そしてそれと同時に、日本語とこちらの文字の辞書、たといの手書きの漢字の対応表があった。 「これは」 竜宮の今の文字と、日本語の漢字の対応表?読み方も平仮名で書いてあって、それを元に日本語の漢字で竜宮の家名を書いたのか。 ――――――――それにしても、竜王院、か。 四方の守護竜は、今は家名の文字を変えて…… 竜王院と、竜欧院。 対応表によると、真ん中の文字だけが違う家名。 ――――――まさか。いや、そんなバカな。竜宮と地球が行き来できるなんて、聞いたことがない。 聞いたのは、この世界への、地球と竜宮からの一方通行。元の世界に戻ることもできないし、地球と竜宮は互いに干渉しない世界だ。 だからこの世界にくるまで、2つの世界はお互いの存在を知らない。 「一体どういう、ことなんだろう」 まさかとは思うけど。 昔、母が言っていた。ぼくの名前の由来を。 姉弟の名前の組み合わせが、かさねの色目だったから。 母は何故、そんな話をしたのだろう。 しかし、それはどうしてか何年経っても頭に残り続けている記憶。そしてその、名前は―― 薔薇(そうび)と言った。 そのかさねの色は紅と紫だと教えられた。 ――――そう言えば、竜欧院家はもう、祖父とぼくしかいなかった。ぼくがいなくなれば、竜欧院の血は途絶える。祖父が今からは無理な話だし。 荒唐無稽な解釈だけど、竜宮で革命が起き、忽然と姿を消した竜王院家の末裔は、何らかの手で地球に渡り、家名の文字を変えて生きながらえたのだろうか。 ――――――――そして竜欧院家は、母さんの……いや、義姉さんによって、滅びを迎えるのか。 もしかしたら、ふく、しゅう? 生け贄にされた、義姉さんの。 紅義姉さんと(ぼく)の、復讐。 ――――いや、考えすぎか。 ――――――そして、季節がまたひとつ巡った頃。 「かさね」 本に向き合っていれば、不意に声が聞こえて振り向けば。そこには久々に夫夫の寝室を訪れたイルが立っていた。 普段なら、侍従のレキを通すのに。 「なに?」 何か、用だろうか。 「その、最近は勉強をがんばって、いると聞いて」 「本を読むくらいしか、することがないので」 「そう、か。その、近く、謹慎が解かれる」 「え」 ぼくの?確かに、ずっと屋敷で静かに過ごしているけれど。 「だから、その。どこか行きたいところはないのか」 行きたい、ところ? それって、デートってこと? 前なら、ぼくはきっと喜んだ。いや、飛び付いただろうけど。 「そう、ですね」 以前のような浮わついたと言うか、お花畑のような考えは浮かばないけれど。 「王太后さまに、招待を受けたので、王都に行きたいです」 「は、おばあ……いや、王太后陛下?」 イルが驚いたように目を見開く。 その場には、たといと、セレナも来ると聞いた。 あと、王妃さまも。 みんな、ぼくが迷惑をかけたり、傷付けたりして、嫌っているはずなのに。 でも、日本語や竜宮の文字でやり取りをする機会も増えた。 ぼくが竜宮の記憶を持っていると言ったら、驚くだろうか。 でも一度、会って謝りたい。今までのこと。そして竜宮のことを話したくなった。 時代は微妙に違うけれど、王太后陛下は恐らく、ぼくの記憶に近い時代に生きていたのだから。 「王太后陛下が、許されたのなら」 イルは渋々頷く。 「だが私も王都に同行する。茶会にはレキをつける」 「分かっています」 ぼくがこくんと頷くと、イルが拍子抜けしたような表情を見せる。 「そうか、準備をしておけ」 「はい」 ぼくたちの間はまだ、ぎこちない。けれど前よりはなんとなく、――――――イルの隣の居心地はいい。 その後、この世界に招かれた召喚者によってもたらされた情報を聞いた。 栄華を誇っていた竜欧院の家は御曹司が行方不明になった後、御曹司が残していた手記が見つかった。それが原因で失脚、没落し、祖父も還らぬひととなったことを知った。 多分その手記は……。 そうだ、当時のぼくは竜欧院のウラの顔を、面白いからと言う理由で綴っていた。多分、当時の若気の至りだろう。それがぼくの行方不明と一緒に発掘されて、竜欧院はそれを揉み消せなかった。 まるで、何かの呪力のように。 母さん、――ーーいや、義姉さん、なのか? だがそれを確かめるすべはもう残っていない。

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