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第6話
目が覚めると、窓のカーテンの隙間から光が射していた。しかし、窓の位置もカーテンも壁紙の色も、何もかもが自室と違う。
仰向けになった体は重くてうまく動かない。特に腰から下が今までで感じたことのないダルさだった。オモリでもつけているようだ。
そんな中、自由に動かせる首を左に向けると見えた男の寝顔に、心臓が大きく動いた。
一年間、一方的に拝みに行っていた男の顔だ。
靄がかかったような脳で状況把握に努めた。
(服は、着てる。あれ、服着てるな。この状況で、服を着てる……)
胸元の布を掴んで目線を体に落とす。しばらくそうしていると意識がはっきりしてきた。
目元を覆う。思い出したら体温が上がった。
(送り狼が喰われてどうする……!)
声を出さないようにと食いしばっていた顎が痛い。
自分の醜態を思い出してベージュの布団を頭まで被ってしまいたかった。隣で寝ている春日を起こしそうで出来ないが。
『かわいいよ』
俺のことを見下ろしながら頬に触れた、体温の高い手の安心感を思い出す。
「こっちの台詞とりやがって……」
初体験に悲鳴をあげる体に鞭を打ち、上半身を起こす。ベッドが揺れるのを感じながら隣の男の顔を覗き込んだ。
薄く口の開いた寝顔は夜よりも幼く見える。ワックスで固めた髪がバラバラと崩れているせいもあるかもしれない。
そういえばシャワーも浴びていなかった。
(体は意外と気持ち悪くねぇけど頭は流石にベタつくな)
今が秋で良かったと思う。湿気の多い梅雨や夏だったら最悪だった。
充電の減ったスマートフォンの示す時間は六時。すぐに帰ってシャワーを浴びたら、仕事までに体を整えることが出来そうだ。
ふと、寝息を立てる唇に目がいく。
抱いた男にキスをされて起こされた、という状況になった春日はどんな表情をするだろう。
心の底から見たいところだが、我慢してこのままにして帰ろう。
ワンナイトにするかセフレになるかの話はまた後でも出来る。俺を抱いたんだ。もう話しかけることに躊躇はしてやらない。
ベッドから降りて、皺になった服を軽く叩く。多少は不恰好でも仕方がない。
「……こがねざわ、さん……?」
特に強い口調なわけでもなく、寝起きのふにゃりとした声だったというのに。
思わぬ不意打ちに肩が大きく跳ねた。
振り向くと、目を擦りながら上半身を起こす春日がいた。懲りずに襲いたくなるのをグッと堪える。
「起こしたみたいだな、悪かった」
努めて冷静に、にこやかに声を掛けて向こうの出方を伺う。
何せ酔った相手に先に手を出したのは俺だ。どう考えても乗り気だったとはいえ、酔っていたのだから素面になった時に気まずく思う可能性も高い。
「い、いや! ごめん! 昨日は店で完全に潰れてしまって……! あの、あれ? なんで俺の家に……?」
ベッドの上でキョロキョロと場所を確認しながら慌てる様子に、もしや、と思う。
「昨日の記憶はあるか?」
「えーと、店で寝ちゃってタクシーに……そうか! 送ってくれたんだよな? 俺、なんか変なことしなかったか?」
シタ。セックスした。
慌てる相手に正直に現実を突き付けてやっても良かったのだが。
どうやら、昨夜のことは忘れているらしい。ということは、俺の屈辱的な醜態も覚えていないということだろう。
好都合じゃないか。
口元が自然と弧を描いた。
「いや? 寂しいからこのままここに居てくれって手を離さなかっただけだよ」
「え……!」
ブワッと瞬時に顔が赤く染まっていく。夜とは大違いの初心な反応に、喉をくっくと鳴らして笑う。
「もう大丈夫そうだから帰るよ。今日は出勤か?」
「う、うん……」
「じゃあまた、後でコーヒー飲みに行く。お前が淹れてくれ。」
「ありがとう! 待ってるな!」
格好つけた言葉に、とびっきりの笑顔が返ってくる。これを見られただけでコーヒーがなくても今日は仕事が捗りそうだ。
それでも絶対飲みに行くけど。
泣きすがったことなど忘れてしまおう。
次の機会には必ず俺が抱く。
そう決意しながら、バタバタとまるで大きな犬のように玄関まで見送ってくれる春日の頭を撫でた。
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