4 / 10

一章 竜族取締機関―文月班―③

『任務/西域の森 一話(修正版)』 「場所は都市西域の森でね。聞いた話だと、そこにドラゴン側の過激派がいるらしい」  職務室へと戻った俺と燐を迎え入れた後、鴇さんは、上から渡された資料だろう、数枚の紙に目線を落としながらそう続けた。その直後、横から瑠璃さんが俺たちに紙束を差し出してきて、それを素直に受け取る。  そのまま目線を紙へと落とせば、視界に映ったのは、今話に上っている過激派についての情報だった。 「実際に遭遇したり、目撃した人の情報から、既に何人かは身元を割り出していてね。そこに載ってる人たちがそうだよ。その人物たちの身体には、鱗柄の紋様があったと情報も入ってる。……まぁ、分かっている人たちだけじゃなく、他も竜の系譜者だと思った方がいいだろうね」  周辺地区の町の人たちが、何度も物資を強奪されたそうで、うちに連絡が来たみたいだ。その言葉を最後に、鴇さんはやれやれといった体で一つ息を吐いた。  竜の系譜者。それは、この国においては切っても切り離せない存在だ。  ドラゴンと龍、その二柱が生活に根付くこの国では、大体十人に一人が特異な体質を持って生まれてくる。  時には火を生み、風を呼び、水を操る。そんな力を持って生まれる国民を、身体のどこかに必ず鱗柄の紋様を刻んでいることから、国では『竜の系譜者』または『竜の系譜持ち』と称した。  その管理を任されているのが、ここ、竜族取締機関であり、俺たちの勤めである。 「人数は十人程度、ですか……。組織だった犯行は、少し久し振りですね」  資料を見つめながらそう続ければ、鴇さんは『そうだね』と一度頷いた。 「資料によれば、先方の年齢層は二十〜三十代。学生の頃から、目に余る言動が見受けられた子たちだったみたいだ」 「でしょうね。写真も、あからさまに紋様を見せつけてる。普通に過ごしてたら服で隠せるレベルだろ、コレ」  燐がぼやくように零したその言葉に、俺もそうだが、他の皆も、どこかげんなりとした様子で頷いた。  竜の系譜者、それは、基本的には見た目は普通の人間と変わらない。身体的特徴も、体のどこかに大小さまざまな紋様を所持しているというだけなので、顔などの表出している部位に紋様がない限り、普通は能力を行使しなければ、あまり系譜者だと取り沙汰されることはないのだ。  だが、これが暴動を起こすような輩となった場合はまた変わってくる。 「毎度のことながら、過激派のやることは変わり映えがないというか……。自分の力を誇示して何が楽しいんだか。訳が分からん」  呆れた表情で首を横に振る燐に、そうだなと俺も賛同の声を漏らした。  過激派とは、系譜の有無に関わらず、龍とドラゴンどちらの方が正義であるかを、手段を問わずに主張する連中のこと。暴行、強奪、果ては殺戮まで……その力を誇示する為なら、過激派の人間は本当になんだってする。  そして、そんな連中を取り締まることこそが、竜族取締機関の職務における主業である。  そんな過激派の系譜者は、特に己の力を誇示する奴らばかりだ。だからわざと系譜を受け継いでいるということが一目で分かるよう、皆大体が敢えて肌を晒し、紋様を見せる容姿をしていることが多い。  今回も例に漏れずそういった連中の犯行なんだな、なんてことを考えながら、俺は静かに一言、西域、とだけぽつりと零す。すると、そんな俺の言葉の真意に気付いたのだろう、鴇さんが小さく、ああ、と呟いた。 「そう、西域だよ。……ごめんね、本当は僕たちの管轄地域外なんだけれど、丁度皆出払っているみたいなんだ」 「あっ、いや、違うんです! そういう意味で言ったわけじゃ……っ。鴇さんが謝らないでください!」  悪いね、と眉尻を下げる鴇さんに、俺はしまったと思い、咄嗟に首を振った。  取締機関では、より確実に国民を守れるようにと、大まかに十二の班に分かれて任務に取り掛かっている。  睦月から霜月まで続く班は、各それぞれ担当職務が異なり、中でも皐月班・水無月班・文月班・葉月班・長月班の五つは、国内を地域別に守る任についている。  自分たち文月班の管轄地域は、南域。本来、西域を管轄地域としている班は葉月班だ。  それ故に、思わず口をついた言葉だったけれど、俺はすぐに否定した。 「確かに、俺たちの管轄地域ではないですけれど……。困っている人がいるのなら、関係ないですから!」  そう宣言しながら、続けて『というかそもそも、そんなことを気にするような人、この機関にはいないですし』と返す。すると、鴇さんは一度小さく目を瞠った後、安堵したように目元を緩ませた。 「うん、そうだね。……ありがとう、千草くん」  そうやって鴇さんの説明が終わるのを見計らった後、その隣で瑠璃さんが口を開いた。 「……という次第ですので、編成の如何はどのように致しますか、班長」  その問いに、燐は一つそうだなと零す。 「念の為確認ですが、向こう側の能力は未確認ということで合ってますか? 鴇さん」 「ん、ああ、そうだね。把握している人数も全員ではないし、彼らがどんな能力を持っているかは不明だよ」  何分、急な依頼で情報が少なくてね。そう申し訳なさそうに続けた鴇さんの返答に、燐は分かりましたと頷いて、そっと顎に手を当てた。それは、思案する時の燐の癖だ。 「……千草はどう思う?」  数秒、そうやって考え込むような仕草をした後、燐が問い掛けてきた。その言葉に、正直そろそろだろうと思っていたのもあって、俺はすぐに言葉を返す。 「そうだな……正直、危険度は低く見ていいと思う。不安要素を上げるなら人数だけど……まぁ、とはいっても、俺一人でも十分立ち回れるレベルだろ」  燐から振られたその問いに、俺は素直な意見を口にする。すると鴇さんがへぇ、と呟いた。 「どうしてそう思うんだい?」  投げられた鴇さんの問い掛けに、俺はいえ、と続ける。 「西域の森近辺は、確か、比較的穏やかな住民が多いはず。ですから、いくら過激派が複数人そこに潜んでようと、そもそも調達出来る物資はかなり限られます。相手方の能力が分からないのは不安ではありますが……それでも、仮に強力な能力を持つドラゴンの系譜持ちがいたとしても、統計上、十人弱の集団で行動をするとは考えにくい。であれば、人数で叩く戦法でない限り、俺の能力で十分事足ります」  そう、俺は思ったままの考えを口にした。  原則、ドラゴンの系譜者の中でも能力値の高い人は、集団で動くことを何故か苦手とする。その理由は、はっきりと解明されてはいないが、なんでもかつてドラゴンと呼ばれていた存在が、高確率で一体でいることを好んでいたからではないか、とのことらしい。  研究職ではないから、詳しくは分からないけれど……理由はどうあれ、単独行動を好むといった傾向は信頼に足る情報だ。だから、この推理に間違いはないだろう。  それを指して述べれば、鴇さんは得心したようにうんうんと首を縦に振っていた。 「確かに、あの辺りはとても長閑な村長さんが治めているからね。このご時世の中でもずっと平和だ。流石千草くん、管轄外の地域のこともよく勉強しているねぇ」  そうしたら、突然鴇さんが『えらいえらい』なんて言って俺の頭を撫でるものだから、子供に向けるようなその仕草に、驚きのあまり声が裏返りそうになった。 「とっ、鴇さん⁉︎ 俺、今は一応副長ですから……っ! 毎回言ってますが、そんな生徒みたいな感じで褒めないでくださいっ」  恥ずかしいです!そう続けるも、鴇さんは、謝罪はすれど変わらず笑みを浮かべたままで、その姿からはあまり反省の色は見受けられない。  ああ、この様子だとまた言われるな……なんてことを思いながら、俺は未だふわふわ笑う鴇さんを見つめ、小さくため息を吐いた。 「んっんん!」  そんな時、隣で燐が一度咳払いを落としたものだから、咄嗟に肩が跳ねた。その、何処か不自然な仕草に、どうかしたのかと目を向けると、燐は少しだけ無言でじっと此方を見つめた後、静かに口を開いた。 「……そうだな、俺も千草と同意見だ」  どことなく何かを言いたげな目をしながら、けれど肯定だけを口にした燐に、そういえば軍議中だったと思い出しハッとする。  すると、燐は続けてだが、と口を開いた。 「お前一人では行かせられない。不確定要素があるのも事実だからな」  すっぱりとそう言い切った燐は、なんとなく不機嫌そうな目をしていて。仕事中に茶々を入れられたのが嫌だったのだろうか、なんて思い、焦って話を続ける。 「わ、分かってるよ。……流石に俺も、多数で叩かれたら分が悪い」 「そうですね、それには俺も賛成です」  すると、今度は静かに話を聞いていた瑠璃さんからも、自分に同意するよう声が飛んできて、咄嗟にパッと彼の顔を見た。  かちゃり、と静かに眼鏡を掛け直すその表情は、相変わらず静かなもので、正直感情が全く読めない。けれど、基本堅実的に進める口の瑠璃さんとしても、単騎での戦闘は肯定しづらかったのだろう。そのまま淡々と、『如何な状況でも、単身はやはり避けた方が良い』と零した。 「では、俺が行きましょうか?」  それから、続けて燐に提案するようそう尋ねる瑠璃さんに、けれど燐は、すぐに否定するようにいや、と零した。 「瑠璃さんは本来の今日の業務に必要なんで、今回は待機しててください」 「そうですか。……では、双子を起こしてきましょうか」  そう提案はしたものの、瑠璃さんは燐がそう返答してくると分かっていたのか、待機の言葉に引き下がるでもなく、素直に受諾した。それから、そのまま付け足すよう、今度は隣の仮眠室へと視線を向けながら、そう尋ねる。  そんな瑠璃さんに、燐はあー、と零す。 「やっぱり、彼奴ら寝てるのか。通りで静かだと思った」  そう漏らしながら、燐はぽりぽりと頭を掻き、間を置かずにまた首を横に振った。 「いや、それも大丈夫です。徹夜明けの二人に任せるのも酷なんで」  さらっとそう言い放った燐に、俺は思わずえっ、と声を漏らす。 「お前……。よく、山吹と銀が徹夜したって分かったな?」  双子が徹夜で寝不足だからと、仮眠室に押し込んだのは今朝。その時燐は、まだこの部屋に辿り着いていなかった。  一体いつ気付いたんだと思い尋ねれば、燐はさらりと『昨日、報告書に苦戦してたからな』と続けた。普段、どこか抜けたような言動が目立ちはするものの、こういう所は流石班長と言うべきか……。班員をよく見ているし、理解している。  これだからコイツはずるいんだ。そう、心の中で悪態をついていた、その時。 「ああ因みに、鴇さんも大丈夫です。千草には俺がついていくんで」 「……は?」  その、さも当然といった調子で、けれどとんでもないことを燐が言ってのけるものだから。俺は衝撃のあまり、素っ頓狂な声を漏らしてしまった。 「……班長が、ですか」  そんな中、瑠璃さんはというと……。不機嫌そうに眉間に皺を寄せてはいたものの、燐の返答が想定内だったのだろう。然程驚いた様子もなく、静かに眼鏡を上げ直し、けれど重く深いため息を吐き出していた。  それでも燐は、そうやって呆れる俺や瑠璃さんはそっちのけで、つらつらと話しを続ける。 「ああ。突発な任務とはいえ、俺なら疲れてもないし、力量はもちろん、此奴との連携も問題ない。なんなら、皆も知っての通り、俺は事務仕事が嫌いだからな。丁度良いくらいだろ」  そう胸を張って宣言する燐に、現実逃避で思考を停止していた俺も、ハッと気を取り戻す。 「いやいやいや、そもそも副長と班長が揃って部署内にいないとか、それはありなの? ね、ねぇ瑠璃さん⁉︎」 「……本来ならなしですが、状況が状況ですので。ありです」  この男が一度言い出したら滅多なことじゃ曲げないことなんて、古い付き合いの中から身に染みて理解している。だからこそ、助け舟を求めて瑠璃さんへと言葉を投げ掛けたというのに。瑠璃さんはといえば、至極面倒くさげに淡々とそう返してきて。おかげで、一人唖然としてしまう。 「っな、そ……っ! ……とっ、鴇さ――、」  それでもどうにかこの場を覆せないかと、今度は鴇さんに視線を向ける。けれど、彼から続けられた言葉は、俺が欲しいものではなかった。 「うんうん。燐くんと千草くん二人なら、問題ないね。それじゃあこっちは僕たちに任せて、いってらっしゃい。無理は禁物だからね」  にこにこと柔らかい笑みを浮かべ、返されたのは、最早追い討ちとも言える言葉で。ついには俺は、上手く声が出なくなった。 「よし、そうと決まれば行くぞ、千草。西は……あっちだな!」  そんな中、燐は善は急げとばかりに、途端に駆け出そうとするものだから。呆然としながらも、俺は咄嗟にその背中を掴み、『待て待て待て!』とどうにか止めに掛かる。 「あーもう分かった! 分かったからちょっと待て!」  もうこうなったらこの際、この男と二人で任務に行くのは良い。諦めよう。けれど、これだけは絶対に譲ってはなるものか……! 「お前と行くのは納得したから! だからせめて、お前が先陣するな! そっちは東だ!」 「む、そうだったか……」  性懲りもなく、反対方向に駆け出そうとする燐の背中を引っ掴み、なんとかその動きを止める。なんだってこの男は、自分が極度の方向音痴であることを自覚してくれないのか。というかそもそも、なんの準備もなしに現場に行くつもりだったのか……そう思ったら、益々頭が痛くなる。  俺、なんでこんな奴のこと好きなんだろう……。 「それにそもそも、準備が色々――――、」 「西……となると、ならばこっちか」  それでもなんとか、平静を取り戻そうと声を掛けた……が、当の本人は此方の声なんか聞いちゃいない。そう口に出したかと思えば、すぐにまた、俺に背を向けどこぞへと行こうとするものだから、頭を抱えた。  ああもう、世話の焼ける班長が!なんて思う暇もない。引き留めたその矢先だというのに、また違う方向を指差し歩もうとする燐に、さしもの俺も声を荒げる。 「いやだから、そっちも西じゃ……っ、てっ、だから俺の話を聞けぇ!」  そうやって、此方の意見は聞かず、燐がスタスタと軽快な足取りで歩を進めるものだから。最後にはキレながら、俺もまたその背に向かって駆け出した。  その時、後ろからは、笑い声と呆れるようなため息が聞こえた気がしたけれど、それは聞かなかったフリをした。

ともだちにシェアしよう!