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一章 竜族取締機関―文月班―⑥

『任務/西域の森 四話』  おそらく主犯格だろう男を真っ先に仕留めた後、図体のでかい男を昏倒させる。自分が立てた筋書き通りに事を済ませた後、俺は最後に残った一人へと視線を向けた。 「……ザ、ザクロ? ……ゴウ?」  何が起こったのかわからないと言わんばかりに、その女は仲間の名を口にする。霧の中でも分かる倒れ伏した仲間の姿に、女は目に涙を滲ませ、次第に気を荒立たせた。 「いや……っ! なんでっ、ザクロ! いやぁ!」  どうして、なんでと、女はそればかりを口にする。金切り声の騒然としたその声を横目に、俺は一つ、ふぅと息を吐いた。 「……正直、女に手を上げるのは苦手なんだよな」  そうぼやきはするも、これも仕事だ。気は乗らなくても、やることは変わらない。  他人様に迷惑をかけるような過激派には、正しい制裁を。それが竜族取締機関に所属する人間の、最低限の務めだ。それは、たとえ俺の、機関に所属する事を決めた動機が不純なものであったとしても、その意志は俺も同じだ。  そう思い直し、至極冷静に半狂乱している女へと向き直る。 「悪いな、こっちも仕事だ。だから……見逃しはしない」  その言葉を最後に、俺はまた強く右足を踏み込み、素早く女の背後へと回り込んだ。すると、女はこちらの動きを目で追えなかったのだろう。俺の気配を背後に感じた瞬間、小さく息を飲み、ひ、と一つ悲鳴を漏らした。 「いやっ、――――ゴウ……っ」  その瞬間、女は縋るようなか細い声で、誰かの名前を口にした。けれど、それが誰かなんて俺は知らないし、興味のかけらも湧かなかったから、すぐさまその首へと目掛けて手刀を落とした。  そうしてどさりと、最後には声もなく倒れ伏す女を、俺は静かに見下ろす。 「……ま、見逃さないとは言っても、特例がない限り殺しはしないから、しょっぴくだけなんだけどな」  だから、仲間全員取締機関で会えるぞと、聞こえていないと分かってはいるものの、俺は最後にそう呟いた。  たとえ罪を犯したとはいえ、竜族取締機関は国の秩序だ。だからよっぽどのことでもない限り、機関は仮にも国民に無体を強いたりはしない。  そんな事を思いながら、俺は静かに大刀を背に背負い直し、一つ息を吐く。そして、徐にぐるりと辺りを見渡した。  右を見ても左を見ても、どこまでも続く白い世界。その見事な霧の様子をじっくりと眺めた後、俺はにんまりと誇らしげに笑みを浮かべる。 「……うん。やっぱり、お前に任せて正解だったな。おかげで楽に終わった」  うんうんと頷きながら、俺は一人、そんな事を口にする。すると、それを合図にするかのように次第に霧が薄らいでいき、すぐ傍の茂みががさりと揺れ、一人の男が現れた。 「……お前ってやつは……」  ぬっ、と茂みから出てきたその影は、そうぼやくや、これみよがしにはぁとため息を吐く。そうして、酷く呆れた様子で俺を見上げてきた。 「そうは言うけどなぁ、実際上手くいくとは限らなかっただろ。|霧《これ》なんて、まともにするのも学生以来だったんだぞ」  分かってるのかと、そう眉間に皺を寄せる千草の姿に、俺はその学生の頃のことを思い浮かべる。 「あー……懐かしいよなぁ。あの頃は、初め俺らも加減が分からなくて、気付いたら山一面濃霧で包んじまってさ。おかげで皆に怒られた」  あん時はわざとじゃなかったってのに、皆ひどいよな、なんて俺が続けると、千草はまた呆れて息を吐いた。 「確かにわざとじゃなかったけど、あれのせいで訓練どころじゃなくなったんだから仕方ないだろ。というか、そもそもあの時、お前が霧の発生条件が揃ってるって気付いてて俺に言わなかったから、怒られる羽目になってだなぁ……」  昔っから、本当にお前は無茶ばかり……そう苦言を漏らす千草に、俺はこれは長くなると思い、『まぁまぁ、』と口を挟む。 「何はともあれ、無事終わって何よりだろ? ……というか、そもそも俺とお前が揃ってるんだ。だから、俺は絶対成功するって初めから思ってたよ」  そう、なにせ俺とお前だからな。と、理由になっていない理由を、俺は力強く口にする。けれど、これは紛れもない俺の本心だから、一切取り繕うことはしなかった。 「……んだよ、それ」  すると、千草は眉間に皺を寄せ、ともすれば不機嫌にも見える表情でそう呟いた。 「どこからくるんだ、その自信は……」  まったくお前っていうやつは、毎度毎度……そう千草は、ぶちぶちと小言のように何某かを口にしていた。けれど、その声は小さくて、すべては聞き取れなかった。  分かっている。千草のそれは、ただの照れ隠しだ。この男は、幼い頃の境遇のせいか、あまり褒められ慣れていないのだ。だから、素直に賛辞を受け入れられない。……だからこそ、俺は何度だって同じ言葉を口にする。 「千草」  俺から視線を逸らし、何故か前髪を弄る千草に向けて、彼の名を呼ぶ。そうして、ようやく向けられた深い翠に向かって、ニッと笑いかけた。 「無事任務終了だ。お疲れさま」  今回もお前に助けられた。改めてそう俺が言えば、千草は一度目をまん丸に見開いた後、また悔しげにぐぅ、と唸り目を細めた。 「……っくそ、お前はいつもそればっか……!」  ずるい奴!そう零す千草に、俺はふははと笑った。  ――――ああそうだ。俺はずるい奴だ。だから、お前は何も気にしないでいい。全部、全部俺のせいにしろ。  それで千草の笑顔を守れるのなら易いものだと、そんな事を俺が思っているだなんてお前は知らないのだろう。

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