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第3話 望月の秘密

望月と二人で定食屋に入った。 早坂はトンカツ定食を頼み、望月はほっけ定食を頼んむ。 「望月さん、まだ若いのに、チョイスが渋いですね」 「普段外食ばかりなんで、極力、魚や野菜を選ぼうとは思ってるんです。料理だけはやりたくないんですよね、面倒で」 早坂と望月は地域採用枠で転勤がない。 給料は、歩合制が一部入っていて、噂では望月くらいの成績になると月収100万円の月もあるらしい。 それだけ稼いでいれば、普段の食事が外食三昧でもいいだろう。 早坂は、今抱えてるほかの案件についても相談した。 どの案件に対しても、自分では思い至らない角度からアドバイスが来る。 教わり始めた頃はまめに聞いていたが、1人でお客さんを回るようになってからは我流になっていた。 もっと普段から色々聞いてみれば良かった……と思いつつも、社内の望月の様子を思い出した。 望月は、他の社員とあまり交流していない。 営業成績がダントツなので、実力主義の社風の中では気軽に声をかけられないポジションになっていた。 女性社員と仲良く話しているところは見たことがない。 派遣会社から来たキラキラ系の若い子からアピールされていたが、全くなびく様子はなかった。 これだけの美男子でお金があったら、女は選び放題なのに……と疑問に思っていたが、男色なら全て合点がいく。 ♢♢♢ 食事を取り終えると、バーに寄って行かないかと誘われた。 色々教わったお礼にご馳走したくなった早坂は、快く返事をした。 お店の角のテーブルに案内される。 お酒を待っている間に、望月はネクタイを外してシャツの首元のボタンも外した。 キスマークは薄くなっている。 バーの薄明かりの下の望月は一層色っぽい。 首筋にキスをされたときの、望月の顔が想像された。 自分の妄想を振り払うために、ついまた仕事の話をしたら、 「お酒の席でも仕事の話なんて、早坂さんは真面目ですね」 と笑われた。 お酒が出され、乾杯する。 二人ともウイスキーにした。 望月の唇がグラスの薄いふちについて、黄金色のウイスキーが流し込まれる。 「お酒は好きですか?」 「あ、いや私は普段はそこまで呑まないです。みんながいる時に、付き合う程度で」 「そうですか。人それぞれですけど、この仕事なら、呑めた方が得かもしれません。やっぱり、しらふでは本音が言えないこともありますからね」 「そうですね、慣らしていった方がいいですよね」 トークはそこまで苦手ではなかったが、酒の席のノリは堅いという自覚があった。 やっぱりお酒も呑めるようになっておかないとな……と、思いつつ、望月がお酒でノリよくしているところは想像つかない。 望月自身はどうしているのだろうか? ノリより色っぽさで勝負しているんだろうか。 つい”勝負”という言葉が出てきて、なんだかおかしかった。 「俺もひとつ、早坂さんに聞いていいですか?」 「はい、何ですか?」 「昨日の夜、オフィスに来ませんでしたか?」 急な質問に心臓が止まるかと思った。 望月がじっとこちらを見ている。 百戦錬磨の望月なら、表情ひとつ見逃さないだろう。 しらを切り通すか、正直に言うか。 どっちが正解なのか。 早く答えなければ「オフィスにいた」と言ったも同然だ。 「いや、行ってないです」 絞り出すような声が出た。 我ながら嘘が下手で情けない。 「そうですか。見られたのかと思って」 「え……」 「俺と古谷課長がキスしてるところを」 望月は、早坂を真っ直ぐ見つめたまま言った。 視線が突き刺さる。 なんでそんな大変なことを、わざわざ自分から言うんだ。 しかも、そんな堂々と。 絶句していると、望月は視線をグラスに移した。 「だから、社内ではよしてくれと言ってたんですけどね」 さっきの下手な態度から、見ていたことはバレたようだ。 「どういう……関係なんですか……?」 「大したことじゃないですよ。課長がここに赴任して、一緒に飲んだ時、流れでそうなっただけです」 そうなのか……。 男女なら驚くような話ではない……か? いや、今の時代にそんな好き勝手なことをして、生きるのは難しいだろう。 「その……恋愛感情がある……ということですか?」 「まさか、そこまで盲目になるほど俺は若くないです。だからといって無感情でもないです。お互い、性欲の発散の対象ではありますが、思いやってるとは思いますよ」 割り切ってはいるが、ある程度、愛はある……ということか。 古谷課長の方は、社内で我慢できないほど望月が好きなのだろう。 「俺が、上司からお客さんをもらってるって噂……聞いたことあるでしょ」 「ええ、まあ」 「それは、本当なんです」 「え……」 また爆弾発言だ。 「長年取引のない休眠客を教えてもらってるんです。ただ、これは別に秘密のリストでもなんでもない。誰でも調べれば取引履歴は見れます。それを参考にもう一度アプローチしているんです。そこで新たな契約が生まれれば自分の成績にもなり、会社のためにもなる。それだけです」 簡単には言うが、そこでまた取引が復活するのは望月の腕があるからだ。 それにしても、本当にどうしてこんな話を俺にするのだろう……。 「別に、俺みたいに上司と寝なくても、休眠客はもらえますから、やってみてください。普通の半分くらいの時間で契約上がると思いますよ」 「は、はい。ありがとうございます……」 「俺、早坂さんの営業スタイルに好感を持ってるんです。親身ですよね。お客さん本人だけじゃなくて、ご家族のこともよくわかってる。だから、続けてほしいんです、仕事。この業界、離職率高いでしょ。できれば早坂さんみたいな、いい営業職員には残ってほしくて。ただ、早坂さんは成績出すのが少し下手だな、って、老婆心ながら思ってたんです。いくらいいアプローチをしてても、数字を出せないと生き残れませんからね」 望月の意外な思いにちょっと感動した。 見た目のクールさとは裏腹に、人情に厚いのかもしれない。 その後は他愛無い話をしてお開きになった。 もしかしたら望月にとっては課長の話も他愛無い話のひとつなのかもしれない。

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