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第4話 営業車
今日はいよいよ訪問だった。
先方の自宅は、車で1時間のところにある。
二人で営業車に乗り込み、出発した。
車の助手席で、望月はネクタイを緩めた。
よっぽどネクタイが嫌いなんだろう。
バーで話を聞いてからは、課長と望月を見ても、勝手に慌てることは無くなった。
事情を知らずに悶々とするよりは、知って「そういうこともあるよね」と思えた方が楽なんだろう。
♢♢♢
「早坂さんは、訪問は緊張しますか?」
「自分は割と訪問でおしゃべりするのが好きなんで、緊張はしないですね」
「羨ましい。俺は緊張します」
「意外ですね。」
「用件だけならいいんですが。性格が単刀直入なんで。その後の信頼関係を決める、初めての訪問は正直苦手です」
バーでの会話も単刀直入だった。
まさに心臓をひと突きだ。
「どうしたら早坂さんみたいに、おしゃべりが上手になりますかね?」
望月は座席を少し倒して、リラックスしているようだ。
社内ではいつでもピシッとしているから、そのギャップに少し戸惑う。
俺に気を許しているのだろうか。
「別に私も上手なわけでは……。強いていえば、相手に興味を持つ……くらいですかね」
「たとえば?」
望月の視線がこちらに向いた。
無邪気に訊いたようにも、テストされているようにも聞こえる。
「ご自宅には色々思い入れのあるものも多いでしょうし、そこきっかけで話をしますかね。やっぱり、あちらが気分良く話せる話題がいいと思うので。まあ、基本的なことですが……」
望月は視線を窓の外に移した。
「相手に興味を持つのは、大事ですよね。俺は、相手の”事情”にしか興味がなくて。有効な提案だからあちらも食いついてくれますが、いわゆる愛される営業マンではないです。俺が逆の立場だったら、俺みたいな営業には来てほしくないですね」
意外だった。
「お客さんからは信頼されてると思いますけど……」
「資料の上ではね。接待ゴルフとか、あるじゃないですか。ああいうの、無理なんです。『なんとなくいい感じ』の会話ができなくて」
確かに、望月が愛想笑いやよいしょしているところは想像がつかない。
「だから、俺は出来る限り”奥様”と仲良くするようにしてるんです。」
なるほど。
意外と決定権自体は奥さんが握っていることが多い。
望月のミステリアスな雰囲気と容姿は、相手が女性ならアリだろう。
「別に、寝とってるわけじゃないですよ」
「思ってませんよ! そんなこと!」
「もしかして誰とでも寝るような奴だと思われてるかな、と思って」
「思ってないです……」
望月は、ははっと笑った。
まさか、あんな際どい秘密を自虐に使ってくるとは思わなかった。
心臓に悪い。
「なら、よかった。まあ、話は戻りますが、奥様世代からすれば俺くらいの歳は息子と同じくらいだし、多少上手くなくてもあちらが汲み取ってくれることが多いんです。奥様に気に入られれば、フォローしてくれるので」
トップセールスマンでも悩みがあり、そんな対策をしているのかと感心した。
「早坂さんには無用の長物ですけどね」
こんな風に望月と長々と話すことは初めてだった。
「そろそろ着きますね。終わったら、お昼はちょっと付き合ってくれませんか。帰り道に、行ってみたいお店があるんです。」
外回り営業は、こういうちょっとした楽しみもある。
もちろん、寄ることにした。
望月は丁寧にネクタイを締め直した。
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