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第7話 望月の提案

五年ぶり再会した望月は、相変わらず中性的でミステリアスな雰囲気を漂わせていた。 一方で、乗り越えた修羅場の数が違うせいだろう、もう風格はベテランだ。 望月は支店の顧客一人一人の営業履歴を見返して、担当社員と綿密に打ち合わせをした。 大体は打ち合わせ通りにやると上手くいくことが多く、望月の営業力を見せつけられた社員は、次第に望月を受け入れるようになっていった。 だが、なぜか早坂の面談はなかなか行われなかった。 他の人が大体1ヶ月の間に指導を受けているなか、早坂は3ヶ月放置されていた。 だからと言って自分から話しかけるのは気まずいので、黙って待っていることにした。 ♢♢♢ そんなある日、望月が話しかけてきた。 「早坂さん。なかなか就業中は時間が取れないので、申し訳ないのですが、終業後でいいですか?できれば夕食をご一緒できれば。支店のこれまでのことも聞かせてもらいたいので」 「は、はい。構いません。よろしくお願いします」 「じゃあ、場所はあとで連絡します」 あの頃と変わらない、淡々としたやりとりだが妙に懐かしい。 今や先輩ではなく上司だが、偉ぶる様子もない。 そういう性格なのだろう。 ♢♢♢ 望月が指定した店は、よく接待で使う和食の店だった。 転勤前にはなかった店なので、下調べを兼ねているかもしれない。 個室に通された。 「面談が遅れていて、すみません」 「いえ、私の方は大丈夫です」 予約していたせいか、すぐ料理が出てきた。 「早坂さんの営業の仕方は知ってましたし、特に問題が無かったので、後回しにさせてもらってました」 望月にそう言われて、悪い気はしなかった。 基本は望月から教わったことがベースだし、営業スタイルは望月に気に入られていた。 今も、望月の営業に対する価値観は変わっていないのだろう。 「早坂さんの営業成績が振るわないのは、課長のせいですね?」 ズバッと言われて、心臓が凍りついた。 「営業力が低い割に評価が高い社員が何名かいます。彼らのフォローはあなたがやっている」 その通りだった。 課長は何かにつけて彼らの仕事を俺にやらせた。 それで自分の顧客に時間を割くことができなくなっていたのだ。 「3ヶ月見てましたが、課長はあなたにパワハラまがいのセリフが多いですよね。俺が見る限りそうですから、俺が居合わせなければ、もっと酷いんでしょう」 それも、言う通りだった。 課長が俺の何が気に入らないのかわからないが、執拗にいじったり、大勢の前で叱責するのだ。 正直、メンタルは限界に来ていた。 「残念ながら、支店長はあなたの事情は知りません。このままだと、メンタルを病むか、成績不振でリストラ対象でしょう」 深いため息が出た。 転職も考えたが、年齢的なこともある。 子どものためにも収入をむやみに減らしたくなかった。 「俺は……どうしたら……」 早坂はすがるように望月の目を見た。 「課長を追い出してあげましょうか?」 「え……」 そんなことができるのか? いや、望月ならできる。 望月の一言は、人の人生と支店の将来を左右するくらい重い。 「早坂さんは、課長の妨害がなければ、さらに成績は出ますよ。お子さんが、いるんでしょう?給与もボーナスも、能力に適した金額をきちんともらうべきだと思いますが」 そうなったら、どれだけ楽だろうか。 「本当にそんなことができるなら……お願いします。一層、支店のために頑張りますので……」 その言葉を聞いて、望月の顔が心なし緩んだ気がした。 「それがいいと思います。仕事は正当に評価されるべきです。俺は、早坂さんの親身な営業、好きですから」 早坂は、久しぶりに息が吸えた気がした。 「この業界の営業は、ともすればやり逃げになりやすい。不都合なことは景気のせい……と言っていれば済む。それなら、営業がいる必要はないです。お客様は自分でリスクを取りながらも、営業職員を信頼したんですから、その気持ちを自分の売上のために利用してる奴は、俺は許せないですね」 あのクールな望月に、そんな信念があったとは知らなかった。 逆に言えば、その信念があるからのこの成績なのだろう。 「ただ……」 望月は箸を置いた。 「俺にも少し、いい思いをさせてくれませんか?早坂さんなら、俺が言ってる意味わかりますよね?」 そう言う望月の目は、あの日と同じ、月のような冷たさを感じさせた。

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