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第8話 月の綺麗な夜に

「ここの支払いは、いいですよ。俺が出します」 と、望月が言った。 「いや、でも……」 「いつも話を聞いてもらってるんで。気持ちです」 望月はいつもより若干機嫌が良さそうで、酔っているようだ。 いつもはキリッと結ばれている口元が、少し緩んでいる時は酔っている。 最近わかってきた。 年下の先輩という関係で難しいところもあったが、今回の支払いは好意に甘えることにした。 ♢♢♢ バーを出て、階段を上がっていた。 今日はスーパームーンとやらで、月が大きく見えるらしい。 地下の踊り場から地上が見え、雲もなく、晴れ晴れとした夜空が見えた。 さらに階段を上がろうとした時だった。 不意に強い力で腕を掴まれ、後ろに引っ張られた。 体が踊り場の壁に押しつけられる。 望月がキスをしてきた。 キスなんて可愛いものじゃなかった。 唇や舌をむさぼり喰われているようだった。 それでいて望月の唇は柔らかく、どちらが自分の唇でどちらが望月の唇かわからない。 二人の唾液が絡む音、乱れた息が階段に響く。 時々、唇の表面を強く吸われた。 まるで望月の獲物としてマーキングされたかのようだ。 どれくらいキスをしていたのだろう。 短かったのか、長かったのかもわからない。 次第に望月の唇が離れた。 早坂は息を上げながら、唾液で濡れた口元を手の甲で拭った。 望月も息は乱れていたものの、いつもと変わらない、青白く輝く月のような美しい顔をしていた。 「早坂さん……悪くなかったでしょ?俺とホテルに行きましょうよ」 望月は平然と言った。 右手を早坂の顔の横につけ、左手で早坂の下半身を触ってきた。 「む、無理だ、俺には……。勘弁してくれ……」 早坂は望月の手を払うと、望月は案外あっさりとその場をどいた。 「そうですか。残念です。抵抗しなかったから、いいかと思ったんですけど」 望月は自分のシャツの襟を直した。 「気が変わったら、いつでも言ってください」 望月はそれだけ言って、階段を登って行った。

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