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第10話 最後のベッド
望月は、約束通り課長を急遽の転勤に持って行き、早坂の営業成績は望月の予言通り上位に躍り出た。
この業界は、成績が上位になると周りの態度が一変する。
早坂は、望月のパートナーとして支店に影響できる立場になっていた。
ある日、支店に二人で居残ったときだった。
思わず望月を抱き寄せてキスをしてしまった。
見たかったのだ。
いつもの涼しい顔の望月が、職場で乱れるところを。
「やめてくださいよ……」
望月は早坂のキスを適当にあしらい、離れようとする。
さらに早坂は望月を強引に抱きしめて、キスを続けた。
望月が嫌がっているのは本当だ。
こんなところを誰かに見られたらおしまいなのだから。
「ん……はぁ……。早坂さんが発情してるのはわかりましたから、もうホテルに行きましょ……ん……ふっ……」
望月の言葉を遮って、キスを続けた。
本当はここで犯してやりたい。
男からは恐れられ、女からは高嶺の花の望月が、こんなエロい顔で喘ぐんだって、見せつけてやりたい。
ようやく唇を離すと、望月は口元を手で拭きながら言った。
「なんであなたたちはこうやって危ないことをしたがるんですかね。既婚者のくせに」
古谷課長と俺のことだろう。
「薫が俺のもんだって、見せびらかしたくなるときがあるんだよ」
「……うっかりでも職場で下の名前を呼ばないでください……」
望月はピリピリしている。
不倫が、同性愛だとバレたら……というより、束縛に嫌悪感があるようだ。
母へのトラウマのせいだろうか。
遠い時は誘っておきながら、ハマらせておいて、今度は遠ざかっていく。
その距離感に、こっちはますます虜だ。
俺は家庭も疎かにはしていない。
望月の影響で自分も若々しくいれた。
そのおかげで妻のママ友に誘われた時もあったが、望月を超える女なんていない。
望月とは、激しく求め合うこともできるし、望月の愛くるしい愛撫に癒されることもできるし、望月の中を思い切り可愛がることもできる。
不思議と、望月といる時の方が男らしくいられるのだ。
その自信のようなものが、営業にも出ていると感じる。
♢♢♢
三年後、望月は支店を成績上位店舗にまで育て、また転勤で去っていった。
最後のベッドの時だ。
「男もなかなか良かったでしょ?」
「それは、相手が薫だからだよ」
「人間なんて、大して変わらないですよ。気持ちいい穴があいてるだけだ」
そんな風に言われて、胸が少し痛んだ自分がいた。
「……それ、俺じゃなくても良かったってこと?」
「……脅されて結んだ関係なのに、すっかり情にほだされましたね。早坂さんの、そういう優しいところ好きですけど、心配ですね。もう、俺はいなくなっちゃうんで、気をつけてくださいよ」
薫がいなくなる。
そう言われて、初めて気づいた。
情深いのは、望月の方だ。
指導係になってから、望月はずっと俺のことを気にかけていた。
パワハラだって、本来自分が毅然とした態度を取るべきだったんだ。
支店での今のポジションも、成績さえよければ皆そうなれるわけじゃない。
転勤のない俺が、安定して会社にいるためには転勤族の上司に頼りにされるのが一番だ。
俺が地域職のリーダーだというイメージにしたのは、望月だ。
「薫……本当にありがとう……」
望月を抱き寄せて、額にキスをした。
「俺も、性欲の解消に、早坂さんみたいな理解ある優しい人がいて良かったですよ」
望月は、早坂の唇にキスをした。
温かく、優しいキスだった。
薫のいない毎日に、俺は耐えられるんだろうか?
薫の髪に、耳に、頬に触れ、薫がどんな形をしていたか覚えようとする。
覚えようとすればするほど、薫は溶けて消えていってしまう。
望月薫は、そういう男だった。
最後の日も、月の綺麗な夜だった。
-第一章 完-
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