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第11話 ➖進藤彗➖

望月薫は、全国各地にある成績不振の支店を回り、売上改善をしている。 通称『再興請負人』。 28歳でこの役職についてから、すでに9年が経った。 今回の支店は他店より問題が少なく、1年を過ぎた頃には大きなテコ入れは必要なくなっていた。 「いやあ! 望月さんが来てから、本当に支店に活気が出ました。前々から噂は聞いていましたが、これほど力があるとは!」 「いえ、みなさん、元々やる気も力もありましたから。ベテラン勢の退職が続いてアプローチが手薄になったのと、経験が少ない中途採用や新人の割合が増えていただけなんで。まず落ち着いてくると思いますよ。」 ”それをどうにかするのがお前の仕事なんだけどな”と、望月は目の前の痩せメガネ課長に心の中でつぶやいた。 「ところで望月さん、進藤彗(しんどうけい)についてはどう思いますか? もう、面談も終わってますし、見立てをお聞きしたいのですが」 痩せメガネのレンズがキラリと光る。 望月を試すような口ぶりだった。 望月は営業管理システムを開いた。 「新卒入社3年目で、これまでの年間ノルマはクリア。顧客名簿を見ると、公務員の退職者が多くて、一人あたりの金額は多くない。その後の追加の取引なし。面談で、父親が官僚だと言っていたので、就職のお祝儀として、お付き合いで取引してもらってるかもしれませんね」 「まさしくそうなんです! この2年間はそれで持ちましたが、3年目ともなればそうもいかないでしょ。そのお客さん達から紹介が起こればいいんですが、その気配もない。これからプロの営業としてやっていくには心配です」 心配してないでお前がなんとかしろ、と思った。 「しかもですよ、彼はファイナンスの資格にまだ合格していないんです。あんな、大学生でもがんばれば取れるやつを。社内の研修テストもなかなか進んでおらず、困ったものです」 自分が若い頃は「新人でお客がいないなら勉強だけでもしておけ」と言われて、強制的に研修テストを受けさせられていた。 だからプライベートの時間まで使って勉強したが、今は本人の自主性に任せる風潮だ。 「それでですね、ちょっと彼に勉強を教えてあげてくれませんか?」 「え? 仕事じゃなくて、勉強をですか?」 「1ヶ月後のファイナンスの試験には申し込んであります。さすがに今回で合格しないと……って、支店長とも話になりましてね。私はもう細かいことはさっぱり忘れたし、こんなおじさんに教わるのも嫌でしょう。だから、年の近い望月さんにお願いできないかと。望月さんの説明はすごくわかりやすいですし」 学生のような悩みだ。 歳が近いと言われても、12歳離れている。 仕事の指導ならまだしも、資格の勉強なんて究極は暗記だ。 それを就業時間を使ってまでやるなんて……大変な時代になったものだ。 望月はため息が出そうになった。 が、本来ため息をつきたいのは、支店の成績が生活に直結する支店長だ。 会社への愛着を強くするためにも、新卒だけは支店内の役職が育成してほしかったが、たしかにこの痩せメガネでは無理そうだ。 やるしかないだろう。 面談の印象だと、進藤は育ちのよいお坊ちゃん風。 有名大卒で、地頭も悪くない。 人懐っこく話せるので、初めての契約は付き合ってもらえるだろう。 だが、このまま若さへの応援だけで取引してもらうわけにはいかない。 知識と経験を積んで、お客さんの力になれなくては。 「わかりました。やってみようと思います」 「ああ、良かった! 今時の若者は、ちょっとつまずくとすぐ辞めちゃいますからね。望月さんのようなスターと接して、刺激を受けてほしいものです!」 ホント人任せだなこの人、と望月は呆れた。 ♢♢♢ 終業後、会議室に進藤を呼び出した。 用件は課長から伝えてあるので、進藤は試験の教材を一式持ってきた。 進藤は小柄で、童顔だ。 大学生…いや、服装次第では高校生にも見える。 美容にも気をつけているのか、肌も爪も綺麗でいわゆるイマドキの若者だった。 「すみません、勉強なんかで望月さんの時間をとらせてしまって……」 「まずこの一カ月だし、がんばりましょう。これまで勉強はどれくらい進んでいますか?」 進藤は付箋の箇所を示した。 導入と基礎的なページしか終わっておらず、テキストは大半が残っていた。 「進藤さんは、中学受験で難関中学に入り、エスカレーターで高校、大学に進みましたね。勉強は得意なのではないですか?」 「それは、兄のおかげなんです。兄にずっと勉強を教わっていたので、自分でどう勉強したらいいかわからなくて……」 進藤は恥ずかしそうに言った。 「へえ。家族に教えてもらうのは、嫌がる人も多そうですが」 「兄とは4歳離れていて、母の再婚相手の連れ子なんです。だから、ちょうどよい距離感というか。兄は教えるのもうまかったので、塾に行かずに済みました」 「塾に行かずに中学受験をしたんですか?!よほどデキるお兄さんですね……」 正直驚いた。 中学受験と言えば、大抵の親は半ば発狂するような思いでサポートする必要がある。 それをたかが4歳上の兄がやっただなんて、信じられない。 進藤はケロリとして言うが、その凄さやありがたみはわかっているのだろうか。 「兄は難関大学から父と同じ官僚になりました。今はどんな仕事なのかイマイチわからないのですが、子どもが生まれる前は、奥さんと紛争地域を回る仕事をしていました。私の自慢の兄です」 進藤は笑顔でそう言った。 本当に志の高い、立派な兄のようだ。 望月には、引きこもりの兄がいた。 何を考えているかわからず、母親と言葉を交わせばケンカばかり。 父親はすでに兄の自立を諦めている。 大きな家があっても、家族はバラバラ。 一度でいいから「自慢の兄」と思ってみたいものだ。 「こちらから、どうサポートしたら勉強が進みそうですか?」 「わからないところの解説をしてほしいです。文章ではわからなくて。あとは、決めたノルマの進捗を管理してもらえれば! ついついサボって、休日に遅れを取り戻そう……なんて考えてしまうんですが、なかなかそうは行かなくて」 わからなくない悩みだ。 「それなら私も協力できると思います。じゃあ、改めてよろしくお願いします」 「はい! こちらこそよろしくお願いします!」 進藤はまた笑顔で返事をした。 ♢♢♢ その日は簡単に計画を立てつつ、いくらか解説をした。 進藤は、話を聞くのがうまい。 童顔でよく笑うところに可愛い気があるのだが、聞く時の目つきや表情、相槌が気持ちいい。 質問も鋭く、話がうまく進むのでこちらの期待も大きくなる。 うんちく好きなお客さんならたまらないだろう。 だが…… 「今1時間やってみて、2ページしか進みませんでしたね……」 「すみません、質問が多くて……」 「進藤さんは理解が早いしポイントを掴むのもうまいのですが、ちょっと凝り性というか。まずは合格点さえとればいいと思って、割り切って丸暗記にしたり、割愛することも必要だと思います」 「はい! 気をつけます。」 年齢の割に幼い反応だ。 「なんか……兄に教わっていた頃のようでした。楽しかったです! ありがとうございました!」 進藤は、興奮気味な笑顔を見せた。 楽しませるためにやっているわけではないのだが。 忙しい1ヶ月になりそうだと予感した。

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