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第13話 土日特訓
そんな調子で平日の勉強会は続いたが、やはり時間は足りなかった。
進藤も朝学習をしたり、まめに勉強している様子はあるが、平日はこれ以上がんばれなさそうだった。
終業後の勉強会で望月は質問した。
「土日はどう過ごしてるんですか?」
「大して何もしてないのですが、1日は家事で潰れてしまいますね。もう1日ありますが、なんとなく過ごしてしまいます」
まあ、一般的にそうだろう。
「趣味は無いのですか?」
「前は社会人バスケに参加してたんですが、彼女ができてからは辞めました。家でできるような趣味は無いですね……」
彼女ができると、二人の時間が優先される。
せっかくの良い趣味も続けられない。
そういう二人で過ごす「当たり前」が望月には無理だった。
「もし、土日に予定が合えば、うちに来て勉強しますか?」
「え?!いいんですか?!よろしくお願いします!」
進藤はパッと顔を輝かせて言った。
思いのほか食いつきが良かった。
予定を聞くと、この1ヶ月は毎回来れるらしい。
ちょっとやりすぎたかと思ったが、さすが中学受験の経験者、「合宿みたいで楽しみです!」と笑顔を見せて言う。
♢♢♢
初めての土曜日、チャイムが鳴り、玄関を出ると進藤がいた……のは当たり前なのだが、私服姿があまりに大学生っぽくてびっくりした。
「どうぞ」と中に通すと、行儀良く「お邪魔します」と言って入る。
スニーカーを揃えて屈む姿は、友人宅に遊びに来たみたいだ。
「良かったら、こちら召し上がってください」
スタバのコーヒーとお菓子セットだった。
日頃、望月がよく口にしているのを見ていたのだろう。
「ありがとうございます。早速いただきますね」
進藤はアウターをハンガーにかけた。
ブラウンのカーディガンに白のロンT。
甘めなコーディネートだ。
望月がコーヒーを淹れている間に、進藤はクッションに座り、ローテーブルに教材を広げた。
「なんか、望月さんのお家に来れるなんて、夢みたいです」
「え、なんでですか?」
「上司や先輩の家ならありますが、あの再興請負人の望月さんですよ。なんか親しくなるイメージが湧かなかったので」
今のこの状況を親しいと言えるかはわからないが、進藤にとってはそうらしい。
「私のこと、やっぱり怖かったですか?」
「はい、目をつけられたらクビになるのかと……。まあ、今も目をつけられていると言えますが……」
進藤は苦笑いをした。
「営業成績が良ければ余計な心配はいりませんよ。今後より良い提案をするために、勉強しておいた方がいいというだけで」
「やっぱり営業成績……ですよね。あの、みなさんはどうやってそのプレッシャーに耐えてるんでしょうか?何をしたら成果が上がるのか、わからなくて毎日不安なんです……」
進藤自身も自分の状況はちゃんとわかっているようだ。
「数字はあくまでこちらの都合です。まずは、お客さんに必要なことを見抜いて、提案して、お客さんに喜んでもらう方が先ですね。その提案力を支えるのがこういった知識ですから、今がんばっていることは、必ず生きてきますよ」
「そうですよね……。焦ってばかりで、正直お客さんのことをちゃんと考えることはできていないかと……」
今の支店はかなり個人主義で、とやかく言われない分、自分で考えながら勝手に営業するという社風になっている。
経験の浅い社員にとっては働きづらいところがあるだろう。
望月は、コーヒーとお菓子を進藤の前に出した。
「私も進藤さんの歳くらいのときに、最初からお客さんのことを考えてたわけじゃないですよ。私の場合は運が良くて、成績のよい先輩を中心にチームで営業をしてました。色んな案件を相談しながら、スキルを磨いて。景気も良かったし、売上がどんどん上がって……。まるでみんなでゲームをしてるみたいに楽しかったです」
「それは……すごく羨ましいです」
進藤はすがるような目をした。
「私もずっと今の支店にいるわけではありませんが、進藤さんのようにせっかく入社してくれた若者が、少しでも仕事を面白いと思ってくれるようにがんばりますね」
「はい! ありがとうございます!」
勉強が始まると、進藤は今までにない集中力を見せた。
望月も、テキスト自体の解説はやめて、その知識が現場でどう生かされているかを教えた。
お昼は外で食べ、午後は望月はあえて外出して一人で勉強させた。
夕方にチェックテストをすると、この1週間分はきちんと身についているようだった。
「今までの会議は、皆さんの話を聞いてもよくわかってなかったんですが、今日勉強して今更ながら、よくわかりました……」
進藤は素直に感動している。
「それは、お客さんも同じです。わかってる人の話って、色々省いてますからね。今勉強した進藤さんなら、お客さんが何がわからないのかがわかるし、わからなくて決断できない気持ちも汲み取れると思います。お客さんに寄り添える営業ができると思いますよ」
「そうなんですね……。会社に入ったら、皆さんベテランでどんどん仕事をしていくし、同期もみんなできる人ばかりで……。こだわりもなく入社した自分には、もう続けられないんじゃないかと思っていたんです……」
進藤は伏目がちに言った。
やはり進藤は自分のことを分かっていて、諦めかけていたようだ。
「進藤さん、もう少し頑張ってみませんか?」
「え……?」
「人の自信って、結果が出たから自信がつくんじゃないんです。毎日、昨日の自分より、頑張った自分がいると思えるから自信が生まれるんです。それは、お客さんにも必ず伝わります。他の商品と違って、証券は損をすることもあるでしょう?商品が価値を保証してくれるんじゃないんですよ。だから、契約の決め手は営業マンだと俺は思います。何年もずっと親身になって考えてくれる人がいる安心感。転勤のない地域職の進藤さんに求められているのは、そういうことですよ」
進藤はじっと望月を見て話を聞いていた。
「そうなんですね……。そんなこと、初めて考えました。本当に今まで、自分の成績のことばかり考えていて、恥ずかしいです……。でも、なんか、もう少しやれることがある気がしてきました」
進藤の顔が明るくなった。
パッと元気に反応する進藤も若々しいが、少し無理をしているように感じていた。
だが、今回は違う気がした。
進藤は成長するだろう。
成長の源は、”自分への期待”だ。
辛さや困難を乗り越えられるのは、その先の自分に期待できるからだ。
人間はそんなに強い生き物ではない。
信念や仲間がいなければ人生に迷ってしまう。
別に、自分の価値観が正しいとは思わない。
だが、誰かの真の価値観に触れなければ、自分の価値観もわからない。
進藤は、今、自分なりにチャンスを掴んだだろうと感じた。
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