13 / 26

第13話 土日特訓

そんな調子で平日の勉強会は続いたが、やはり時間は足りなかった。 進藤も朝学習をしたり、まめに勉強している様子はあるが、平日はこれ以上がんばれなさそうだった。 終業後の勉強会で望月は質問した。 「土日はどう過ごしてるんですか?」 「大して何もしてないのですが、1日は家事で潰れてしまいますね。もう1日ありますが、なんとなく過ごしてしまいます」 まあ、一般的にそうだろう。 「趣味は無いのですか?」 「前は社会人バスケに参加してたんですが、彼女ができてからは辞めました。家でできるような趣味は無いですね……」 彼女ができると、二人の時間が優先される。 せっかくの良い趣味も続けられない。 そういう二人で過ごす「当たり前」が望月には無理だった。 「もし、土日に予定が合えば、うちに来て勉強しますか?」 「え?!いいんですか?!よろしくお願いします!」 進藤はパッと顔を輝かせて言った。 思いのほか食いつきが良かった。 予定を聞くと、この1ヶ月は毎回来れるらしい。 ちょっとやりすぎたかと思ったが、さすが中学受験の経験者、「合宿みたいで楽しみです!」と笑顔を見せて言う。 ♢♢♢ 初めての土曜日、チャイムが鳴り、玄関を出ると進藤がいた……のは当たり前なのだが、私服姿があまりに大学生っぽくてびっくりした。 「どうぞ」と中に通すと、行儀良く「お邪魔します」と言って入る。 スニーカーを揃えて屈む姿は、友人宅に遊びに来たみたいだ。 「良かったら、こちら召し上がってください」 スタバのコーヒーとお菓子セットだった。 日頃、望月がよく口にしているのを見ていたのだろう。 「ありがとうございます。早速いただきますね」 進藤はアウターをハンガーにかけた。 ブラウンのカーディガンに白のロンT。 甘めなコーディネートだ。 望月がコーヒーを淹れている間に、進藤はクッションに座り、ローテーブルに教材を広げた。 「なんか、望月さんのお家に来れるなんて、夢みたいです」 「え、なんでですか?」 「上司や先輩の家ならありますが、あの再興請負人の望月さんですよ。なんか親しくなるイメージが湧かなかったので」 今のこの状況を親しいと言えるかはわからないが、進藤にとってはそうらしい。 「私のこと、やっぱり怖かったですか?」 「はい、目をつけられたらクビになるのかと……。まあ、今も目をつけられていると言えますが……」 進藤は苦笑いをした。 「営業成績が良ければ余計な心配はいりませんよ。今後より良い提案をするために、勉強しておいた方がいいというだけで」 「やっぱり営業成績……ですよね。あの、みなさんはどうやってそのプレッシャーに耐えてるんでしょうか?何をしたら成果が上がるのか、わからなくて毎日不安なんです……」 進藤自身も自分の状況はちゃんとわかっているようだ。 「数字はあくまでこちらの都合です。まずは、お客さんに必要なことを見抜いて、提案して、お客さんに喜んでもらう方が先ですね。その提案力を支えるのがこういった知識ですから、今がんばっていることは、必ず生きてきますよ」 「そうですよね……。焦ってばかりで、正直お客さんのことをちゃんと考えることはできていないかと……」 今の支店はかなり個人主義で、とやかく言われない分、自分で考えながら勝手に営業するという社風になっている。 経験の浅い社員にとっては働きづらいところがあるだろう。 望月は、コーヒーとお菓子を進藤の前に出した。 「私も進藤さんの歳くらいのときに、最初からお客さんのことを考えてたわけじゃないですよ。私の場合は運が良くて、成績のよい先輩を中心にチームで営業をしてました。色んな案件を相談しながら、スキルを磨いて。景気も良かったし、売上がどんどん上がって……。まるでみんなでゲームをしてるみたいに楽しかったです」 「それは……すごく羨ましいです」 進藤はすがるような目をした。 「私もずっと今の支店にいるわけではありませんが、進藤さんのようにせっかく入社してくれた若者が、少しでも仕事を面白いと思ってくれるようにがんばりますね」 「はい! ありがとうございます!」 勉強が始まると、進藤は今までにない集中力を見せた。 望月も、テキスト自体の解説はやめて、その知識が現場でどう生かされているかを教えた。 お昼は外で食べ、午後は望月はあえて外出して一人で勉強させた。 夕方にチェックテストをすると、この1週間分はきちんと身についているようだった。 「今までの会議は、皆さんの話を聞いてもよくわかってなかったんですが、今日勉強して今更ながら、よくわかりました……」 進藤は素直に感動している。 「それは、お客さんも同じです。わかってる人の話って、色々省いてますからね。今勉強した進藤さんなら、お客さんが何がわからないのかがわかるし、わからなくて決断できない気持ちも汲み取れると思います。お客さんに寄り添える営業ができると思いますよ」 「そうなんですね……。会社に入ったら、皆さんベテランでどんどん仕事をしていくし、同期もみんなできる人ばかりで……。こだわりもなく入社した自分には、もう続けられないんじゃないかと思っていたんです……」 進藤は伏目がちに言った。 やはり進藤は自分のことを分かっていて、諦めかけていたようだ。 「進藤さん、もう少し頑張ってみませんか?」 「え……?」 「人の自信って、結果が出たから自信がつくんじゃないんです。毎日、昨日の自分より、頑張った自分がいると思えるから自信が生まれるんです。それは、お客さんにも必ず伝わります。他の商品と違って、証券は損をすることもあるでしょう?商品が価値を保証してくれるんじゃないんですよ。だから、契約の決め手は営業マンだと俺は思います。何年もずっと親身になって考えてくれる人がいる安心感。転勤のない地域職の進藤さんに求められているのは、そういうことですよ」 進藤はじっと望月を見て話を聞いていた。 「そうなんですね……。そんなこと、初めて考えました。本当に今まで、自分の成績のことばかり考えていて、恥ずかしいです……。でも、なんか、もう少しやれることがある気がしてきました」 進藤の顔が明るくなった。 パッと元気に反応する進藤も若々しいが、少し無理をしているように感じていた。 だが、今回は違う気がした。 進藤は成長するだろう。 成長の源は、”自分への期待”だ。 辛さや困難を乗り越えられるのは、その先の自分に期待できるからだ。 人間はそんなに強い生き物ではない。 信念や仲間がいなければ人生に迷ってしまう。 別に、自分の価値観が正しいとは思わない。 だが、誰かの真の価値観に触れなければ、自分の価値観もわからない。 進藤は、今、自分なりにチャンスを掴んだだろうと感じた。

ともだちにシェアしよう!