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第38話 !! ②
瑞稀に向けられた晴人の笑顔は、両親との確執の上に成り立っていると思うと、胸が締め付けられる。
「でも晴人さんは、瑞稀くんといることを選ぶと思うよ」
オーナーは言う。
「もちろん私もそう思う。でもこの話を瑞稀くんが知った時、瑞稀くんを傷つけたり苦しめたりするんじゃないかって心配なの」
「そうだね、彼、優しい子だから……」
「本当に……」
奈子はふぅ~と小さくため息をついた。
「もし晴人さんと瑞稀くんが番になったり、二人の間に赤ちゃんができたら、どうなるんだろう…。私、二人には幸せになって欲しい! ねぇマスター、私たちにできることってなんだと思う?」
「それは……」
オーナーは言葉に詰まる。
そんなのわかりきっている。
晴人さんと僕が番になったら、晴人さんはもう二度と実家には帰れない。
ご両親にも会えない。
もし僕のお腹に晴人さんとの赤ちゃんがいると、ご両親に知られたら、取り上げられるかもしれない。
そんなの耐えられない!!
その場から逃げたくて、瑞稀が足を動かした時、
——ガタンっ——
ビールが入った箱に足があたった。
しまった!!
「瑞稀くん、いるの?」
慌てた奈子の声がする。
もう出ていくしかない……。
ふぅっと小さく息を吐き、
「おはようございます」
いつものように元気にカウンターの中に入っていく。
「あれ? 奈子さん、今日はお早いですね」
そう言いながら、瑞稀はハーフ&ハーフを作り、奈子の前に出す。
「外はまだ暑いですよね」
「そ、そうね……」
奈子は先ほどの話を聞かれていないか、ソワソワしている。
「僕、最近めまいがしてて、さっき病院に行かせてもらったら『夏バテ』って言われたんですよ。点滴してもらったんですけど、夏バテで病院に行くなんて恥ずかしかったです」
瑞稀は点滴跡を見せ苦笑いしてみたが、今話した病院での診断は全て嘘だ。
絶対に気づかれてはいけない……。
オーナー、奈子さん、嘘をついて、ごめんなさい……。
心の中で瑞稀は謝り、そのあとはいつものように振る舞った。
まるで何もなかったかのように……。
午前3時半。
その日、瑞稀はなんとか笑顔で仕事を終えた。
「お疲れ様した」
その日の売り上げの集計をしているオーナーに挨拶する。
「お疲れ様。今日はゆっくり休みな。明日、体調悪かったら仕事、休んだらいいから」
「いつもありがとうございます」
オーナーの気遣いに感謝しながら、店をあとにした。
1人、家路につくと、今日聞いてしまった奈子とオーナーの話が、頭の中でぐるぐる回る。
妊娠のこと、晴人さんに話すべきか…話さないべきか……。
瑞稀は無意識のうちに、首からぶらっ下げている指輪を服の上から触れた。
話せば晴人さんを困らせるだけじゃないだろうか…。
そんなことを考えていると、
「瑞稀、おかえり」
店の近く、よく一緒に住む前、晴人が瑞稀を待っていた場所に、晴人が瑞稀を迎えにきていた。
「晴人さん……」
晴人の顔を見ると、いつも駆け寄ってしまう瑞稀だったが、今日は少しためらった。
「どうしてここに?」
今日あった出来事を、晴人に話すか決めかねていた瑞稀はそんなことを言ってしまった。
「オーナー から、瑞稀の体調が良くないって連絡きてたから、迎えに来たんだよ」
晴人は瑞稀に右手を差し出すと、瑞稀はその手えを握る。
「本当は連絡もらった時、すぐに迎えに行こうかと思ったんだけど、それは瑞稀が嫌がるかもって思って。瑞稀、バーテンダーの仕事、好きだからね」
自分のことを良く知ってくれていて、仕事にも理解がある晴人の気持ちが嬉しかった。
「今の仕事をしていたから晴人さんと再会できましたし、行き場のない僕に手を差し伸べてくれたオーナーに恩返しがしたいんです」
自分の力で恩返しができるかわからない。
でも、少しでも力になれることがあったら、していきたいと、瑞稀はずっと思っている。
自分に対して、とても優しくしている家族を、自ら遠ざけてしまっていることに悩んでいる時、手を差し伸べてくれたオーナー。
利害関係なく居場所を作ってくれたオーナー。
オーナーを兄のように、瑞稀は慕っていた。
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