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第63話 再開 ⑦
「その人とは、今も一緒にいるの?」
「今はいません。千景が生まれる前に別れました」
もし晴人に千景のことを聞かれたら、父親のことはそう答えようと、初めから決めていた。
「そう……」
そう言うと、晴人は運ばれてきたコーヒーを一口飲んだ。
「俺がこんなこと言える立場じゃないことは分かってるけれど、もし瑞稀さえよければ俺に援助させてっもらえないか?」
「え?」
「瑞稀一人で子育てをするのは大変だと思う。だから金銭的なものとか、俺ができることがあれば……」
「それ、どういう意味ですか?」
晴人の言葉を瑞稀は遮った。
「僕たちは晴人さんが思うような裕福な家ではないと思います。でも、今まで二人で頑張ってきたんです。大きくなった千景も僕を手伝ってくれたり……。僕らなりに頑張ってるんです。僕たち、そんなに可哀想ですか?」
そう言いながらも晴人に『いつも千景に負担をかけていないか?』と言う思いを見透かされたようだった。
僕が選んだ道なのに、こんな言い方、晴人さんに八つ当たりだ……。
「ごめんなさい……。あんな言い方してしまって……。晴人さんが言ってくださったことは感謝しています。でも自己満足かもしれませんが、僕は僕の力で千景を育てていきたいんです」
ごめんね、千景。
こんな頼りないママで……。
正直、瑞稀のお給料だけでは生活は楽ではなかった。
日々、千景に苦労させていることもわかってる。
でも、今までなんとかやってきた。
ここで晴人には頼れない。
金銭的なものではない。ただ晴人のそばにいたい。
晴人と再開してしまい、晴人と一緒にいたい。
そう甘えてしまいそうだったから。
でもそれはできない。
あんなに傷付けた晴人には頼れない。
「そんな! そんなつもりじゃないんだ。ただ俺は瑞稀と千景くんの力になりたくて……。なんて言えば……」
「晴人さん。5年前、あんな酷い去り方をしてしまい、本当にごめんなさい。謝っても謝りきれないです。どう罵られても仕方ないと思っています。これからは晴人さんの視界に入らないようにします。だからどうか、今の仕事を続けさせてください。僕、今の仕事が好きなんです……」
同じビルで働いていたら、会ってしまうかもしれない。
だからこれからは、会ってしまわないように細心の注意をしていかないと……。
だって僕は、幸恵さんと和子さんと一緒に仕事がしたい。
「俺こそ、あんな失礼なこと言ってごめん。もっと考えるべきだった。だけど瑞稀とこうしてまた再開できるなんて思っていなくて……。何か力になりたいだけだったんだ。それに俺は瑞稀の好きな仕事を続けてほしいし、瑞稀さえよければ、またこうして会って欲しい……」
晴人は瑞稀の方に両手を伸ばし、瑞稀の両手を握る。
「あ……」
伸ばされた左手の薬指を見て、瑞稀は目を見開く。
「その指輪……」
晴人の薬指には、瑞稀とお揃いで作った指輪がはめられていた。
「! これは……。別れたのに指輪、いつまでもつけていてごめん……。どうしても外せなくて……」
瑞稀に見られてしまい申し訳なさそうに、でも愛おしそうに晴人は指輪に触れる。
「晴人さん、ご結婚は……?」
晴人さんは総合病院の娘さんと、ご結婚されるって……。
「結婚? してないよ」
「でも……」
奥様が晴人さんはご結婚されるって……。
言いそうになったが、それを言ってしまうと晴人の母親が瑞稀に別れ話を持ちかけたことを、話さなくてはいけなくなる。
「でもって。瑞稀、何か知ってるのか?」
「いえ……何も……」
瑞稀は隠し事を下後めたさから、咄嗟に目を逸らせてしまう。
「何か知ってるなら……」
晴人は瑞稀の様子がおかしいのに気付いている。だが、
「瑞稀がそう言うなら」
深くは追求しなかった。
「瑞稀、また会ってくれる?」
晴人は真っ直ぐ見つめる。
「でも、晴人さんはお忙しいですし、貴重な時間を無駄にされては……」
「無駄なんかじゃない」
真剣な眼差しで晴人はいった。
「今の俺にとって、瑞稀との時間が一番だ。だから瑞稀がいい時、会って欲しい」
瑞稀の胸がドキンと鳴った。苦しくもなった。
どうして晴人さんは、僕が欲しいと思うことばかりくれるのだろう…。
あんなに酷いことをしたのに。
怒っても、怒鳴っても、罵ってもいいのに……。
——僕も晴人さんと一緒にいたいです——
そう言いたかったが、
「僕なんかでよければ……」
鞄から付箋を取り出し、番号を書いて晴人に渡した。
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