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第65話 山崎晴人 ①

 瑞稀が突然副社長室に現れ、晴人の顔を見て逃げるようにその場を去ったあと、晴人は反射的に瑞稀を追いかけようと部屋を飛び出そうとした。  が、昴に腕を掴まれ止められた。 「! 先輩離してください!」  今にも昴の腕を振り払い、駆け出しそうになっている晴人を、昴はより力を入れて阻止する。 「晴人! 気持ちはわかる。だが落ち着け、とにかく落ち着け!」  昴は両手で晴人の腕を引っ張り、無理矢理に副社長室に引き戻した。 「なにするんですか!!」  またドアノブに手を伸ばそうとする晴人の肩を昴は掴む。 「そうやって瑞稀くんにも怒鳴るつもりなのか!?」  そう言われ、晴人はハッとした。  今瑞稀に会えば、晴人は確実に急にいなくなったことを責め続けてしまう。  瑞稀があの日、急にいなくなってしまってから、晴人の中で時間が止まってしまっていることも。  瑞稀がいなくなった日(あの日)、何も知らなかった晴人は、この上なく幸せな気持ちで目を覚ませた。  ずっと体調も顔色も悪く、時折何か考え込み暗い顔をしていた瑞稀が、自分から晴人と一緒にいたいと言いだし、行きたい場所も、食べたい物もリクエストした。  久々のデートらしいデートをした。  デートの途中、瑞稀の疲れが見え隠れするかもと、晴人はそれを見越し、事前にできる限りの準備をした。  デートの前日、瑞稀が仕事の間に晴人は1人、近くのスーパーで『少し買いすぎたかな?』そう思いながらも買い物をし、もし材料が残ったとしても『次の日の夕食にしてもいいな』そう思っていた。  だが瑞稀との次の日は来なかった。  あんなに幸せだった日々は、なんの前触れもなく、初めからそんな日々がなかったかのように、瑞稀の姿も、持ち物も、連絡先も写真までも、この世界に初めから瑞稀がいなかったように、何もかも無くなっていた。  悪い夢だと思った。  悪い夢であって欲しいと思った。  だがテーブルの上に置かれていた手紙と婚約指輪、二人の部屋の鍵、そしてクローゼットの中に残された晴人が瑞稀のために買った物たちだけが残り、瑞稀が晴人の前から姿を消したことを現実だと突きつけた。  その日から晴人は荒れに荒れた。  今までの晴人では想像がつかないほど荒れた。  瑞稀に好きな人ができたなんてことは信じられない。  だったらなぜ晴人(自分)の前から姿を消したのか?  理由がわからない。  わかりたくもなかった。  スマホの番号を消されたからと言っても、瑞稀の番号は覚えている。  何度も電話をかけるが『お客様の電話番号は、現在使われていないか…』のアナウンスばかり。  瑞稀が働いていたバーにも行き、オーナーやかすみに聞いたが、何も知らない。  ただ晴人と一日中一緒にいた前日。瑞稀は店を辞めていた。  瑞稀が立ち寄りそうなところ、一緒に訪れたところ、全て探した。  だが瑞稀の姿はなかった。  何も手につかない。  食事も取れない。  眠っている間に瑞稀が帰ってくるかもと、眠れない。  うとうとしてしまっただけで、その間に瑞稀が帰ってきて、また出て行ってしまったのではないかと不安になり、マンションの周りを探し回った。  だがどこにもいない。  瑞稀がいた形跡も、気配すらない。  どこにもいないのだ。  徐々に仕事にも支障をきたすようになった。  有給を取れるだけとって、瑞稀を探す。  心労と栄養失調で頬はこけ、目は虚になり、衰弱していく。  そんな中、晴人の大学の時の先輩で親友の昴が、海外出張から帰ってきた時、連絡が取れなくなっていた晴人を心配して部屋に訪れると、玄関の鍵がかかっていない部屋の廊下で晴人は意識なく倒れていた。  次に晴人が目を覚ましたのは、点滴を繋がれた病院のベッドの上。  晴人が目覚め、周りにいた人間は喜んだが、晴人が一番会いたかった人の姿はなかった。  退院した晴人は瑞稀を探すため、勤めていた病院を辞めた。  実家に帰っておいでと母親は言ったが、晴人は帰らなかった。  次に、母親は晴人が落ち着けるようにと結婚話を持ってきたが、晴人は丁重に断り、自ら完全に縁を切った。    瑞稀を探すがなんの手がかりもつかめず、自暴自棄になり、酒に溺れていた晴人を宥め、励まし、弱気になり魂が抜けそうになる晴人を叱咤し……少しずつ正気を取り戻せるよう寄り添ったのは昴だった。  カーテンを閉め切り、一日中真っ暗な中過ごしていた晴人を、昴は無理やりにでも外に連れ出し、徐々に外出するのを嫌がらなくなり、生きることに意識を持てるようになるまで、晴人の部屋に泊まり込んだ。  そして晴人が少しずつ社会に出られるようになり、昴が親の会社の支店で働くことになった時、晴人を部下として連れて行った。  晴人は5年かけ、瑞稀がいない生活に折り合いをつけていった。  だが昴が副社長となり、副社長秘書として本社勤務になり数日経った時、瑞稀が突然現れた。  あんなに探しても、探しても、探しても見つけられなかった瑞稀が、向こうからやってきたのだ。

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