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第66話 山崎晴人 ②

「晴人、とりあえず座れ」  昴が来客用のソファーに晴人を座らせる。  その時、 ——トントントントン——  ドアをノックする音がする。 「!!」  条件反射的に晴人が立ち上がると、 「座ってろ」  昴は静かに、だが厳しい口調で言った。 「…はい」  本来なら誰かが部屋をノックすれば、その場にいる秘書がする。  だが昴には今の晴人はその仕事すらできないと判断したようだ。 「清掃の者です」  瑞稀の声ではない。  幸恵の声だ。 「ああ、いつもありがとうございます」  昴は笑顔でドアを開けるが、 「朝早くから清掃をお願いしていたのですが、ちょっと急用が入ってしまって、30分後に来ていただくことはできますか?」  申し訳なさそうな顔つきで対応する。 「はい、それはできますが、先に清掃員が伺っていなかったでしょうか?」  和子が乱雑に床に落ちた掃除用具をチラリと見た。 「来られたんですが、少し手違いがあって……」 「………。わかりました」  一瞬、幸恵は昴を訝しげに見たが、すぐに笑顔になる。 「では後ほどお伺いいたします」  幸恵と和子は昴に頭を下げて、その場を後にした。 「威嚇されたかな?」  やれやれと言いながら、晴人の向かいに昴は座る。 「落ち着いたか…って、落ち着くはずないか」  晴人の腕組みをした手が、イライラと小刻みに腕を叩いている。 「晴人、もう一度聞くけど、さっきの子が瑞稀くん?」 「はい、そうです」 「そっか……」  昴は大きくため息をつく。  瑞稀は晴人の元を去る時、晴人のスマホのアルバムの中で瑞稀(自分)が写っている写真を全て消していたため、昴は瑞稀の顔を知らない。 「ここで瑞稀くんが働いてたのは……知らなかったよな?」 「知ってたらもっと前に会いに行ってます」  ぶっきらぼうに晴人は答える。  ますます苛立っているようだ。 「だろうな。さて、これからどうするか……」  昴は腕組みをして、う~んと考え込む。 「晴人、これから瑞稀くんとどうしたいんだ?」 「それは……」  どうしたいか?と聞かれて、言葉が詰まった。  瑞稀がいなくなってから、ずっと瑞稀のことを探し続けていた。 ー瑞稀さえ見つけられれば……ー  そればかり考えていた。  だから見つかった今、どうしたいか?と聞かれても、咄嗟に何がしたいのか思いもつかなかい。  それでも、 「話がしたいです」 「話?」 「今まで、どこにいたのか? 誰といたのか? 俺がどれだけ探したのか……」  言い出したら、聞きたいことだらけだ。  どうして急にいなくなった?  なにが原因なのか? 「俺たち、うまくいっていたのに……」  うまくいっている。  そう思っていたのは晴人(自分)だけだったのなら、どうして言ってくれなかったんだ? 『なぜ?』『どうして?』が溢れてくる。 「そ浮かぶ。じゃあさ、それ聞いて、晴人はどうしたい?」  昴はまた同じような質問をする。 「どうしたいって……どうしたいって……」  昴に聞かれて、晴人はまた答えに詰まる。   そんなのわからない。 瑞稀がどうして急にいなくなったのかもわからないのに、その先どうしたいなんて、わかるはずがない。 「今さっき会ったばかりなのに、どうしたいなんてわからないです」  わからないから、わからない。晴人はそう答えたのに、 「じゃあさ、もし瑞稀くんに次会ったとしよう。その時、瑞稀くんが晴人が思ってた答えと違うことを答えたら、お前は今のように棘のある言い方をするのか?」  冷静に昴に指摘された。 「いつもの冷静な晴人はどうした? すぐ目の前の感情に流されるな」 「……」 「ずっと会いたかったんだろ? 一度はもう会えないと諦めかけたんだろ? それが今日、再会できたんだ。もっと喜べ」  怒鳴りつけられるより、よっぽど昴の言葉が身に染みる。

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