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第70話 山崎晴人 ⑥

 レンガの壁に緑の屋根の喫茶店。  本社(こっち)に移動になった頃、昔、瑞稀とよく行った喫茶店に似ていると、よく来ている。  店のオーナーは言わないが、人によって出すコーヒーの味や濃さが違うと思う。  そう思ったのは、初めて喫茶店に訪れた時からずっと『アメリカンコーヒー』だが、晴人の反応を見てか徐々に味が変わり始め、はじめに飲んだアメリカンコーヒーと明らかに味が違う。  今飲んでいる味は、瑞稀が淹れてくれた懐かしいコーヒーの味がする。  晴人と瑞稀の味。  大切な味に……。    喫茶店の前まで来た。  瑞稀は(この)中にいる。 —カランカラン——  店のドアが開き、かけられていたベルが鳴る。 「ああ山崎さん。いらっしゃい。こんな時間に来られるなんて、珍しいですね」  店のオーナーが晴人を見て、そう言った。 「いえ、今はある人に会いに」  そう言いながら晴人があたりを見回すと、晴人の方を見ていた瑞稀と目が合い晴人が手を振る。  自然に振る舞おうとしたが、瑞稀から視線が離せない。 「注文はまだ? 俺はコーヒーにするけど、瑞稀はカフェオレでもいい?昔、好きだったよね」  緊張で声がうわずりながら注文をする。 「はい……」  瑞稀が答えと、 「じゃあ……」  晴人は自分のコーヒーと瑞稀のカフェオレを頼んだ。 副社長(先輩)からもらったカフェオレ。 瑞稀が好きだったカフェオレ。 瑞稀との日びが思いらされて、勝手に注文してしまったけど、飲んでくれるだろうか?  期待と不安が入り混じりながら、晴人は瑞稀の前に座った。  瑞稀がどんな反応をしているか真正面から見ることが不安で、少し伏せ目がちにしていたが、ちらりと瑞稀の方を見ると、瑞稀は下を向いていて表情が見えない。 瑞稀がいる。 目の前に瑞稀がいる。 恋焦がれた瑞稀が……。 会いたかった。 ずっと……。  気持ちが溢れ、涙が目頭が熱くなり、涙が奥から溢れてきそうだ。 抱きしめ『ずっと愛してる』と言いたい。  できるだけ自然に振る舞ったが、ちゃんとできたか不安になる。 落ち着け。  全速力で走った後のように、心臓が脈打つ。 落ち着け……。  手を伸ばせば瑞稀がいる。 落ち着け……。  今、怖がらせてしまえば、また振り出しに戻る。  それだは絶対に避けたかった。  瑞稀とのつながりを、やっと見つけた。  逃すわけにはいかなかった。 もう、あんな思いはしたくたくない……。  あの日から確実になたれた時間は5年。  どんなに思っても、瑞稀の消息すらつかめなかった5年間。  もうあんな日々には戻りたくなかった。 「あの……お忙しいのに時間を割いていただいて、すみません」  瑞稀は顔を上げることなく、ずっと下を向く。 「それは気にしないで。俺が時間をつくって欲しいって頼んだんだから……」  一秒たりとも瑞稀から目を逸らせたくない。  晴人は瑞稀のことをじっと見つめる。 少し痩せたかな?  じっと見ていると、5年前の瑞稀より痩せて見える。  それに、別れた時より、少し大人びて見えた。

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