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第77話 千景からのお返し
次の日。
瑞稀は『お渡ししたいものがあるので、お昼少しお時間いただけませんか?』と晴人にメッセージを送り、昼休みに副社長室のあるフロアーの内の階段で待ち合わせをした。
「ごめん瑞稀、待たせたね」
晴人は約束の時間ピッタリに待ち合わせ場所に着いたが、瑞稀はいつも晴人が待ち合わせより5分早めに来ていることを晴人は知っている。
「いえ、お忙しいのにお呼びだてしてしまい、すみません」
晴人は副社長の秘書。
昼休みがあってないようなものだ。
「あの、昨日はクッキー、ありがとうございました。同僚と息子と一緒にいただきました。それで、あの、これ……」
瑞稀は手に持っていた『雪だるま』の折り紙を、晴人の前に出した。
「息子がクッキーのお礼に渡して欲しいと……」
「……」
目を丸くし無言のまま、晴人は折り紙を見つめる。
子どもが作った折り紙は、やっぱり迷惑だよね……。
そう思うが、千景が一生懸命心を込めて作っていた姿を思い出すと、瑞稀の胸がチクリとした。
「子どもが作ったものなんて、やっぱりご迷惑でしたよね……。すみません……」
瑞稀が折り紙を引き戻そうとした時、晴人がその手をパッと掴んだ。
「嬉しい! 嬉しいよ。俺がもらってもいいの?」
キラキラした瞳で晴人は折り紙と瑞稀を交互に見た。
「え?」
さっき無言で見つめていたのは、迷惑だったわけじゃないの?
「ご迷惑じゃ……」
「迷惑なんてあり得ない。本当に嬉しいよ」
瑞稀から受け取ると、晴人は大切そうに折り紙を撫でる。
「内ポケットに入れておいたら、シワにならないかな?」
と言いながら、晴人はスーツの内ポケットにそっと入れた。
「千景くんの優しいところは、瑞稀に似たのかな?」
晴人そう言ったが、瑞稀は
——晴人さんに似たと思いますよ——
心の中で、そう呟いた。
それから晴人は、瑞稀が好きそうだったり好きだった食べ物をや、幸恵や和子が好きそうな和菓子の差し入れとともに、千景が好きそうなアニメのキャラクターの駄菓子を差し入れするようになった。
その度に千景は『お礼』にと、晴人に色々な折り紙をプレゼントした。
はじめは保育園でみんなと一緒に教えてもらった『雪だるまシリーズ』
その次は、保育園の先生に特別に教えてもらった『遠くまで飛ぶ飛行機』
そして今度は瑞稀に折り紙の本を買ってもらい『よく回るコマ』や『手裏剣』『つる』など、千景には難しい作品にも取り組んだ。
そして今日、千景は「ひらがなを教えてほしい」と言い出した。
よくよく話を聞いていると、保育園の年長の女の子同士で手紙のやり取りが流行っていて、千景もまだ会ったことのない晴人と手紙のやりとりをしたいとのことだった。
「じゃ明日、保育園からの帰りにひらがなの練習ノートを買いに行こうか」
「やったー! 僕、たくさんお勉強するね」
晴人と関わるようになってから、千景の世界がまた広がったように瑞稀は思う。
それにやはり晴人と千景が仲良くなってくれるのは瑞稀も嬉しい。
その反面、お互いが本当の親子だと気付かれないように、晴人にも千景にもお互いの写真を見せてあげたり、2人が会える機会を作ってあげられない自分がいて罪悪感もある。
晴人と距離を縮めるべきか、このままの距離をたもつべきか……。
どうしていいかわからない。それが本音。
それでも晴人と千景とのやりとりは、プレゼント交換みたいで、二人してお互いが喜びそうなものを考え、プレゼントし合う姿が瑞稀には嬉しかった。
千景は瑞稀にひらがなを教えてもらうと、一生懸命練習し、お礼の折り紙と共に拙いながらも晴人に手紙を出すようになっていった。
晴人からも千景からの手紙の返事が来るようになり、二人のやりとりはさながら『文通』のようだ。
千景は晴人からのプレゼンントを本当に喜んでいた。
晴人からもらったお菓子の包み紙や手紙を、キラキラしたシールだったり、お気に入りのアニメのキャラクターのお菓子やおもちゃに付いているシール。病院の診察後にご褒美としてもらったシールなどをお菓子箱に貼り、千景のお気に入りを全部詰め込んだ『宝物箱』に大切にしまっている。
もし晴人さんに千景と本当の関係を言えたなら、千景の頑張る姿を直接見てもらうこともできるのに……。
千景だって、一生懸命折った折り紙を直接渡すこともできるのに…。
直接渡せたら、きっと千景、喜ぶだろうな。
自信満々に力作を晴人に手渡す千景を想像してしまい、ふと瑞稀の表情が緩んだ。
いつかきっとそんな日が……。
いつも考えてしまう。
あの頃に戻りたい。
戻れない。
そばにいたい。
一緒にいてはいけない……。
そんな気持ちが振り子のように、行ったり来たりする日々を送っていた、ある日。
「ママできたよ~」
晴人へのお返しを作り終えた千景は、洗濯物を畳む瑞稀のそばにやってきた。
「今日も凄く上手にできたね。明日山崎さんに渡しておくね。今度も山崎さん喜んでくれるといいね」
千景からのお返しを受けと取ると、毎回、初めてプレゼントを受け取るように喜ぶ晴人の顔が思い出され、フフフと笑ってしまった。
「ねぇママ。ママは山崎さんのことが好きなの?」
「え……?」
千景の言葉に、洗濯物を畳む瑞稀のてが止まる。
「どうしてそんなことを思うの?」
「だってママ、山崎さんのお話しする時、いつも楽しそう」
「そう?」
「うん。ママ楽しそ。僕のパパが山崎さんだったらいいのにな~」
!!
千景の呟きに、瑞稀は驚きのあまり目を見開くと、完全に体の動きが停止する。
「え……? パパ?」
「うん! 僕、山崎さん大好きだもん」
そう言いながら、千景はまた折り紙を折に行った。
『僕のパパが山崎さんだったらいいな~』
千景の言葉が頭の中で繰り返し響く。
——千景のパパは、本当に山崎さんなんだよ——
そう言えたらどんなにいいだろ……。
そう思うが、
僕はもう、晴人さんと関わらない方がいいのかもしれない。
でも千景は晴人さんのことが大好きで、プレゼントのやりとりが千景と晴人さんとの唯一の繋がり。
僕は自分の気持ちいだけで、晴人さんとの関係を切ってしまっていいのだろうか……。
瑞稀の心は揺れていた。
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